石垣島便り

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2012年 08月 12日

少女と津波石?

この夏休みの間、香港から女子大生が工房へインターンシップに来ています。
はじめ、空港へ迎えに行って出会ったとき「はっ?」
この娘、本等に中国人・・・まるで、秋葉原から石垣島へ遊びに来た娘のように見えました。
もう、一週間たちますが、なかなかしっかりした娘で、仕事の飲み込みも早いようです。

今日は日曜日で工房が休みなので、二人で街へ出かけました。
図書館やTUTAYA、それに買い物を済ませ、帰り道に「ふっ」と思い出して、
「数十万年前の津波で運ばれた」と言う説(主張)のある花崗岩を見に行きました。
その場所は、名蔵アンパルの近くなのですが、
前から気になっていた石もついでに見ました。
その石のある場所は、真栄里ダム入り口の角にある巨石です。
普段は車で通り過ぎてしまうので花崗岩かどうか、また、周辺の土や礫も見ていませんでした。
車を止めて、彼女を立たせて記念撮影、石は花崗岩でした。
これはまさか違うんでしょうね。でもどうしてここに在るのでしょう。
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すぐ後ろの畑の礫は、まったく違う岩類です。
ダムを挟んで於茂登集落側は、花崗岩のようでした。
それから問題の名蔵へ行き、何箇所かで半分埋まった花崗岩を見て廻っているうち、
畑で赤土を耕すトラクターに出会いました。
その畑の周辺にも花崗岩の一抱え程の石が運び出されています。
するとトラクターの鍬に掛かるほどの深さにも在ることになります。

石垣島の農地の基本的な地質構成は、琉球石灰岩の上に赤土が覆っています。
この赤土は、以前まで、琉球石灰岩が風化したり、その上に自生した植物の有機質から
成るとさていました。しかし、最近の学説では、琉球石灰岩の風化だけでは、
1mあまりの赤土生成は補えず、大陸のチベット方面から風で運ばれた土も多く堆積して
いることが、含まれる鉱物質の分析などから分かったそうです。

と言うことは、畑の赤土の堆積は、下層の琉球石灰岩の形成された年代、
例えば、酸素同位体ステージ5だとして、その後になるわけですから、
「数十万年前の津波」が運んだ花崗岩だとすると、
トラクターの鍬に掛からない、もっと下の方になければなりません。
(名蔵の場合、琉球石灰岩は有りませんので、基層近くに)

意外と浅い土中にも有る花崗岩は、何時、どのようにして運ばれて来たのでしょうか。
数十万年前の層の上に点在するのであれば、少しは肯ける(でも津波とは確定できない)
のですが、まだまだ、ナゾが多いようです。
写真は、鍬で何度も擦ったあげく、畑の脇に運び出された花崗岩。
畑の近くには、神田貝塚、太田原遺跡という遺物包含層があります。
これらの層は、数千年前のものです。
花崗岩はどんな層にあるのか対比して調べる必要があると思います。

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by modama | 2012-08-12 17:48


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