石垣島便り

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2015年 01月 14日

漂着モダマが陸へあがる日

これまで20年以上もモダマの観察をしてきたが、人の出来る範囲には限度がある。
例えば、植物の一生を隈なく観察しようとすると時間的にも付き合いきれない。
野菜や園芸植物のように一年草であったり、数年の多年生であれば世代を変えて繰り返し観察ができる。
一度見逃した発芽の詳細も、再度、種子を蒔けば発芽観察のチャンスは与えられる。
しかし、自然の中で、どのように散布され、成長したかを追跡調査するのは容易ではない。
おまけに、数百年、数千年と寿命のある植物をくまなく見届けるなど不可能である。

常々、漂着種子が海岸に流れ着き、発芽して、育つ様子を観察したいと考えている。
これまでにも、砂浜で発芽した漂着種子を数多く観察してきた。
しかし、そのほとんどは、やがて姿を消してしまう。
海浜性の植物ならば、グンバイヒルガオにしてもハマボウにしても生き残る確立は高いが、
モダマのような巨大なツルになる植物が、海岸の海風や波浪に何年も耐え抜いて成長できるなど、
想像もできない。
それでも数多く観察していると、発芽苗や海岸林のなかである程度成長したものに出会うことができた。
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2001年、川平にて撮影

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2001年、川平にて撮影

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以上三枚は2010年、西表島鹿川にて撮影

これらの漂着発芽苗は、いずれも後に消滅してしまった。
川平湾は波浪の弱い入り江の浜であるのに対し、西表島鹿川の浜は波浪の立つ厳しい環境である。

一方、河口の汽水域干潟に面したマングロープ林背後地では、最満潮線のわずか1m程のところで、
直径25cmにも成長したモダマが生育していた。花も咲かせる程に成長していたが、それも今から10年
前に枯れてしまった。
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2000年、石垣島アンパル

海岸に漂着したモダマ種子が、その場で発芽すること自体稀なできごとなのに、成長を見届けるなど
不可能に近い。
それでは、証拠が無いからと言って「ありえない」のかと言うと、実際の観察例を断片的に繋げていくと
確かに上陸して島の植生になっていく様子を伺える。
川平湾の周辺には、海抜10mぐらいの場所に自生が確認されている。
ウフガーラ河口の汽水域から30mほどの場所、下田原の水田の取水地、などである。
この位置は、縄文の海進頃の汀線にそうとうするが、現在でも台風時の低気圧による高潮と風による高波
を想定すると打ち上げ可能な位置にある。また、津波の上がる位置でもある。

昨年7月に行ったボルネオのコタブル、クアラ アバイの浜の背後地、ここは海岸林が無く、草地とブッシュ
になっているが、ブッシュのほとんどがシロツブで構成されており、僅かにある潅木の中にモダマが自生
しており、実をつけていた。
海岸から100mぐらい離れているがほぼ平坦で海抜12mだった。
ブッシュのシロツブとともにこのモダマも漂着由来に間違いない。

このような観察例を考察すると、非常に稀な確率ではあるが漂着発芽の植物が内陸部の植生になっていく
ことが確信できる。

名蔵湾フーネや米原のサキシマスオウも大木の根元付近には、次世代の実生と思われる株が育っている。
これらがやがて群落を構成したり、長い時の中で一部は淘汰され単独で生き続けるのであろう。

例えば、バンナ岳山中のサガリバナや於茂登トンネル南のサキシマスオウの群落のような周辺に同種の
自生が無い場所、あるいは花粉媒介者が近づかない距離にある個体群のDNAを調べると面白いと思わ
れる。

by modama | 2015-01-14 11:08


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