石垣島便り

modama.exblog.jp
ブログトップ
2007年 05月 14日

幻の藍を探してパート2

新しい知見を得るのに資料を探しても、それは参考資料としてしか意味がない。
既成の知識が無いのなら、実際、試してみるのが一番手っ取りはやい。
しかし、沢山の障害がある。台湾に行って試料にするマキバクサギが探せるだろうか?
そのためにも現地での協力者が必要になる。
そこで、県林務課の玉城純夫さんを訪ね、相談してみた。
沖縄では台湾と同じく亜熱帯気候に属するため、当時、イヌマキの害虫である
キオビエダジャクの生物防除の共同研究をしていたからだ。
玉城さんは台北林業試験場の呂錦明博士を紹介してくれた。

そして、二度目の渡台となった。この年も石垣島から船で高雄に入港した。
台北に到着してから、戴さんの店に寄るが生憎留守。置手紙をして試験場に向かった。
試験場の研究室に呂博士を訪ねると、博士はちょうど電話中で、手で座って待っていろ、
と合図をして話つづけた。ところが、急に日本語で、話はじめ、また、中国語になったりした。
電話が終わってから博士は「貴方のために日本語で話したのではないのですよ」と言い、
「同世代の教授たちと話すときは、いつも、あんな風なのですよ」と言った。
「その時、思いついた言葉で話す」というのだ。戦時中、日本語の教育を受け九州帝大を卒業
した呂博士にとっては両方の言語で思考しているようだ。
来台の趣旨を話すと研究員の陳財輝さんと呂勝由さんを紹介してくれた。陳さんは日本の
農工大に留学していたので日本語が話せる。
呂さんは、台北植物園の標本室にいて分類の研究をしていた。
この二人が案内してくれるというのだ。まさに鬼に金棒。
その日、さっそく車で郊外にでかけ自生するクールやリュウキュウアイを見たり、マキバクサギ
(大青)のサンプルを採集した。
c0023181_13163457.jpg

               台北県坪林郷小格頭、海抜400メートル地点にて
マキバクサギとリュウキュウアイをそれぞれ容器に入れ水を満たして数日間待つことにした。
その合間に蘭嶼島へ足をのばした。
この時は、漁人村のヤミ族シャプンサロソラン(漢名・張人仰)さんのお宅にお世話になった。
(ヤミ族の繊維・染料植物については、また、いつか書くことにして)

台北植物園標本室に戻ってきて、マキバクサギとリュウキュウアイの浸し液で試し染めをしたところ、
リュウキュウアイは染まるがマキバクサギは染まらなかった。
すると、「特用植物」の記述は間違えになる。
その後、試験場の図書館で試料をあさっていると「台湾木本植物図誌・下巻」(漢字が書けない)著の
「大青」に特用植物と同じ解説があるのを見出した。こちらは台湾大学の教授が出版した本だ。
おそらく「特用植物」の記述は、ここから引用したのだろう。
帰国当日、呂博士の研究室を訪ね、お礼と今回の結果を報告した。
呂博士は、その場で電話をし著者の台湾大学教授に間違いの真否を問うつもりであったようだが、
すでに教授は故人だと関係者から知らされた。
変わりに現在の林系教授のリャオ ズーチン(漢字が書けない、ズーチンは日京と書く)さんに
手紙を送ってくれとのことであった。まもなくして教授からの日本語の手紙が届いた。
大青に藍成分が含まれるかどうかは私に分らないが、沖縄から手紙が来たことに驚いている。
私は日本の京都生まれで、日京(ズーチン)の名前になった。淡水の中学校では、
石垣出身の波座間忠直先生に習った。などなどが書かれていた。
おそらく、薬効に共通性があるため、また、名前が「大青」と藍に共通性があるため、林系の元教授が勘違いして記述したものを、ふたたび、転用した間違えなのであろう。
マキバクサギは幻の藍に終わった。
c0023181_14284490.jpg

              本の紹介
              最近、台湾でもこんな素晴しい本が出版されました。
              信州大学でショウガ科植物の研究をされている船越英伸さん
              より贈られた本「台湾植物染図鑑」陳千恵著。
              天下遠見出版股分有限公司。定価400元
              著者は1964年に国立千葉大に留学、一旦帰国した後、
              再び来日し山崎青樹氏の門下生時代を経て、帰国。

by modama | 2007-05-14 12:43


<< きんとん雲に乗って蘭嶼島へ      幻の藍を探して >>