石垣島便り

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2010年 06月 09日

もの作りのはじまり

海辺を歩いていて綺麗な打ち上げ貝を拾ったりすると
「これでアクセサリーが作れないだろうか」と考えたりしますよね。
しかし、いざ作ろうとすると
「どうやって紐を通す穴を開けようか」とか「紐を結ぶ場所がない」とか
問題にぶつかります。
硬い貝に穴を開けるには、それなりの道具が必要でしょう。
そんな時、昔の人の作った勾玉などを思い出し
「昔の人は、よくあんな硬い石に穴をあけたな」と関心させられます。
道具や技術の進歩と共に物作りが盛んになったことは言うまでもありません。
それでも、道具が無ければ無いなりに人は何かを作ろうとしたとも考えられます。
道具の無い時代、人は貝をどうやって身に着けたのでしょう。
貝よりもさらに硬い石で割って穴を開けた。そう、そう、確かに貝輪などを
製作するには割ったり、磨いたりしたのでしょう。
「貝のこの部分を割って、ここに穴を開けよう」
そんな計画的な創作物が、古い時代の墓や遺物包含層から発見されているのは事実です。
人は、はじめに「こんなものを作ってみよう」と考えて創作に励んだのでしょうか。
もちろん、そんな場合もあるでしょう。
しかし、それ以前に何かヒントになる出来事は無かったのでしょうか。

浜辺を歩いていると自然に割れた貝のさまざまな「形」に出会います。
「これってスプーンに似てない」とか「動物の牙みたい」とかいろいろな形があります。
なかには自然に穴の開いた貝も見られます。
「この穴に紐を通したら腕に巻きつけたり、首からさげられる!!」
そんな発見もあったはずです。
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写真は、先日、西表島へ行った時、浜辺で二時間ほどで探した穴開き貝です。
あるところには、あるものですね。
普通、浜を歩いていてもこれほどの数は、そう易々と拾えません。
このような貝が多く打ち上げられるには、それなりの条件がそろった場所だったのでしょう。

こんな貝の多くある場所は、昔の人にとって「宝の浜」だったに違いありません。
それでは、実際にこんな貝を使った証拠があるのでしょうか。

以前、この貝を拾った浜の近くで遺物包含層を発見して調査をお願いした方(博物館学芸員)
にメールで聞いてみました。
「波照間島の大泊浜貝塚から出土している」とのことでした。
写真を見るとほとんど加工されておらず、浜で拾ったものと似ていました。
無土器期の時代のものです。
別の場所(石垣島崎枝赤崎貝塚)から出土した穴開き貝は、表面が研磨されていました。

浜辺を歩いていて、こんな貝を見つけたら、思わず「何かを作ってみよう」と
思いますよね。

by modama | 2010-06-09 11:37