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2010年 09月 22日

カラミアン諸島・ブスアンガ島

海の民は布を織らない?

今回の旅は、長年調べている植物に関するものでした。
海を漂流して世界に広がったであろうマメ科のモダマの一種を探しに行きました。
ここでは、旅のつれづれを書き込みます。
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島ではアウトリガーの着いた小船が主に使われていた。

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海の民は、入り江の浅海に水上家屋を建てて暮らしている。

島の中央高台の草原に飛行場があり、マニラからは1時間程の距離です。
唯一の街であるコロン・タウンは、飛行場から22kmの海辺にある。
目の前の小島、コロン島はダイビングや石灰岩から出来た奇岩の景観を散策するスポットで、その中継基地として島の観光地になっている。
ダイバーたちの目玉は、海底に眠る沈没船で、第二次世界大戦時、軍艦、民間船合わせて十数隻が沈んでいるそうです。
私の今回の目的は、植物でしたのでダイビングはしませんでした。
もっぱら、街を歩いての情報収集と郊外の村々へ出かけ森の中を探索しました。
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マニラ・ブスアンガ間の飛行機、昔、石垣島に就航していたYS11を思い出します。

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マングローブ林に隣接する民家

今回の旅は、で出し早々幾多のトラブルに見舞われました。石垣島・沖縄・台北・マニラ・ブスアンガと飛行機を乗り継いでの旅程でしたが、まずは沖縄で国際免許を取得、翌日、出発の予定が台風の接近で欠航、当初からつまずきがあり、マニラに着いた翌日、予定より一日遅れでブスアンガへ
向かおうとしたら、この飛行機も現地での悪天候のため欠航、朝8:30分から3:30分まで待ってのことです。
翌日の便に乗るためマニラで余分に一泊をすることになりました。

予定外の宿泊先を探すためメトロ・マニラへ着いたとたん、「もしかして、日本の人ですか」と声を掛けられる。「これ、これ、これが一番やっかいなんだよな」と思っていると、「宿を探しているんですか、安いところありますよ」無視していたつもりが、ずばり言い当てられるとついつい反応してしまう。「僕、トニーです。よろしく」
彼について行くと行く先々のゲストハウスは「満室」とのこと、道すがら「夜になったら、案内するから遊びにいきましょう」との誘い、内心「ほれ、ほれ、きたな」と思い、自分で名前だけは知っている宿を告げる。
「そこ高いよ」と言うのを押し切って、連れて行ってもらう。宿泊先の前に来て礼を言って分かれようとすると「案内料ください」と言う。
30分ほど付き合ってもらったので、100P(200円)渡してバイバイ。
荷物を持って街中を歩くものではない、と知ってはいるものの予想外の欠航とあって、
また、タクシー運転手が宿泊先を探せなかったので仕方ないとあきらめました。

ところが悪いことは続くもので、夕方、コンビニへ買い物に出かける途中、スリ未遂に会う。その巧妙な手口だこと・・・
「ガール、ガール、可愛い女の子いるよ」と声が掛かり、私の後ろから青年が付いてくる。無視して歩きつづけるも、左手でカードを見せながら誘いかける。普段ならしばらくして諦めるところ、ひつように付いてくる。客引きは、何処の国でも街中にはつきものだが、その執拗なこと・・・
当然、警戒してかかる。しばらくして、何となく腰の辺りに抵抗感を感じるので振り返るとポーチのチャックが開けられていた。
「ノー」と大きな声で叫んで、青年の胸をど突いた。幸いポーチの中は、まだ、抜き取られていない。一歩近づいて睨み合ったが内心「ことを荒立ててはいけない」と思い、振り返って、また、歩き出した。
傍らでは、両替商の入り口で椅子に掛けたガードマンがショットガンを抱えて、一部始終を笑いながら見ていた。スリ未遂を非難するわけでもなく、私に注意を促すわけでもなく・・・

早く街を出て、島へ行きたいと思いました。

ブスアンガ島に着いた当日、宿泊先にチェックインして早々、情報収集のためコロンの街へ出ました。とにかくぶらぶらと歩き廻り、お店を覗いたり、住宅地では民家の様子を拝見します。疲れたらトライシクルを拾って市場に戻ります。また、違った方角に街を歩き、疲れたらトライシクルのお世話になります。この乗り物、オートバイにサイドカーを付けたもので、庶民の足になっています。
街の何処から何処まででも一回の乗車で10p(20円)です。途中、他の乗客が乗ろうと乗るまいと10pですから助かります。市場を基点に東西の方向と北側を散策して、帰りトライシクルに乗って、おおよそ街の様子が分かりました。

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写真1,港近くでメザシを干す海人。
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写真2,海人の住宅地にある駄菓子屋兼売店。
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写真3,子供たちが空き地で遊んでいました。靴蹴り野球です。

この日、街を歩き回って島では布が織られていないと思いました。この島の人たちは海の民と移住者が多く、古くからの土着民は少ないのでしょう。隣の島、コロン島には僅かの先住民が居るそうですが、染織文化を伝えているかは疑問です。もともと海の民は漁や交易が生活の糧ですから、布を織ることは得意としません。ルソン島やミンダナオ島のように大きな島ですと山地に染織文化を継承する民が居ます。それらは棚田を作って水稲栽培をしたり、タロイモ栽培をしています。古くから定着している民が染織文化も伝えているようです。

市場のはずれで、思いがけない出会いと発見がありました。いわゆる手作りアクセサリー屋さんですが、そこに目的のモダマが置かれていました。小さな種子と大きな種子の種でした。
「この植物は、島のものか」と聞いてみると「島の山の森にある」という返事が返ってきました。
「やっばり、この島に自生しているのだ」と自信を深めました。店を営むミュージシャンの三人とすっかり仲良しになり、写真を撮らせてもらいました。どうです、この面構え、様になってませんか。

下の写真。
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モダマ自生地探し
ブスアンガ島に到着した当日、街中を散策して目的のモダマが島に自生している目処がたった。後は自生地を探し当て、地況や植物自体を観察したい。
宿泊先のリゾートへ帰ってスタッフに地図がないかと訊ねた。これまで詳しい地図が探し出せなかったので、現地で調達することにしていたが、ここでも詳しい地図はなく、手書きのロードマップを写させてもらった。島を一周する道路と各集落が記されていた。明日からの探索の作戦を部屋でたてた。
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宿泊先はリゾートのバンガロー、価格的には一番安く、一戸建てなので使い勝手がよい。前には広い芝生の庭があり、ココヤシの木陰が涼しい。宿泊代640p.

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街歩きで見つけた中学校のグランドにあった樹上教室、いったい何の授業をするのだろう。


翌朝、8:30分にマーケット前の広場へ出向き乗り物を探しました。計画では、行きは乗り合いバス、帰りはジプニーの予定です。と言うのも、行きはゆっくりと島の風景と集落の様子を伺い、モダマの自生していそうな場所をチェックしておき、帰り道はジプニーの屋根の上から植物自体を見つけようという魂胆です。朝、長距離バスを探し当て乗り込むと、すでに席はほとんどが荷物などでふさがり、数人の人が座っていました。一番奥の席をどうにかゲット、待つこと、待つこと・・・
その間、席の人は居なくなったり(と言っても荷物はあります)、別の人が座ったりしています。
どうやら家族や知り合い同士で確保しているようです。
一方、バスの横には次々に荷物が運び込まれます。客室最後部は荷物置き場になっていて、小麦粉の袋や箱詰めのトマトが山積みにされました。屋根にも建築資材やポリ容器が運び上げられていきます。客室横の荷物庫には生きた豚とプロパンガスボンベ・・・
えぇぇー、ガスボンベって危険物でしょう。バスの客席の下に爆弾仕掛けるようなものですね。
とにかく積むは積むは・・・何でもOKのようです。
10:30分頃、乗客が席に着き始め、それでも、また、買い物に降りる人などいて、出発したのが10:45分頃・・・途中、「何時発ですか」と聞いたものの「分からない」とのこと、何だカンダ
で二時間待ちの出発でした。
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このバス、フロントガラス以外、客席にはガラス窓が無く、窓枠の下からベニヤ板を引き上げて雨をしのぐ。

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それぞれの地域へ、バスやジプニーが向かう。いずれも積荷満載で。

終点サルバシオンまでは55kmの距離、それが5時間かかったわけは、各停車する村での積荷降ろしばかりではなく、途中バスの調子が悪くなったり、橋の手前では乗客が降りて徒歩で渡った後、再び乗ったりするためでした。壊れた橋が幾つもあり、迂回したり、とにかくのんびり、安全?運転でした。おかげで、車窓から水田やマングローブ林背後のニッパヤシや村々の様子を堪能できました。
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バスの床下から異音がするので運転手が潜り込んで点検。

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集落はマングローブ背後地に多い。
集落で荷物を降ろすたびに料金の受け渡し、「お釣りが無いからまって・・・」

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橋はいたるところで崩落したまま、迂回してバスは川を渡る。大雨で増水したときには当然バスは立ち往生だろう。定時の運行などありえない。


なにはともあれ終点のサルバシオン村に着いたのが4時前、折り返し帰らなくてはと思い、帰りのバスの時刻を聞くと「今日は、もう無いよ」、「それじゃジプニーはでますか」「この時間では来ないだろうな」あれ、あれ、帰りの足を絶たれてしまった。まだ陽も高いというのに・・・
その時はじめて分かったこと、普段上りバスは、この村を早朝4時に出発するという。各村々で荷を積んでいくので定時のダイヤは無い。朝、コロンの市場前に到着して、荷を店に卸す。その売り上げで、今度は買い物をして昼前のバスに乗る。一日一往復で、村々の生産物を市場で売り、生活必需品を買い込んで、乗せて帰る。そのためのバスだつた。
ふむ、ふむ、それは合理的だが、ここまで来た私はどうなるんだ!!。心落ち着けてから予定外の一泊をすることにした。
ところで、当然、終点の村には宿泊所があるはずだ。だよね。でしょう???。売店で聞いたところ一軒あると言う。胸を撫で下ろす。宿泊代100P(200円)竹の床、竹の壁、竹の梁に茅葺屋根、部屋の裏には沢山の鶏が飼われている。早起きできそうな部屋だ。早く寝よっと・・・

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サルバシオン村のメインストリート、夕方になると学校帰りの子供たちで賑わう。


朝、予想どおり鶏の鳴き声で目覚める。宿の人はすでにみな出払っている。宿賃は昨日払ってあるので、そのまま村はずれの自動車道へ向かう。途中、教会の前に数人の人が見られた。そおいえば今日は日曜日なのだ。宿の人も礼拝の支度をしていたのだろうか。自動車道で親子と婦人の三人がたたずんでいたので「コロンへ行くのですか」と訊ねる。そうだと言うので私を含めて四人でジプニーが来るのを待つ。朝日が向かいの山から姿を現しはじめる。逆光を受けた民家が清清しく光る。その前を時折、教会へ向かう男女がおめかしをして通り過ぎていく。散歩らしい5~6名の少女の姿も見受けられる。ここでは、過疎の村という様相はまったくない。豊かではないが、貧しさの欠けらも感じさせない。学校と宿舎、それに教会があって、数件の売店がある。子供たちの唯一の娯楽施設は、一軒のパソコンゲーム屋があるだけ、海側はマングローブ林の中に小船が幾つかあった。農漁業の村なのだろうか。
一時間ほど待ったが、まだ、ジプニーは来ない。誰一人苦情を言うわけでもなく時間が過ぎていく。
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やがてジプニーが来たので乗り込む。すでに乗客が居て、私たち四名で満席になる。次の村で二名が乗り込む。満席をどうにか融通して全員座る。次の村で三人が乗り込む。さすがに座る場所が無いので私は、予定どおり屋根の上に上がる。これから先、昨日、見届けておいたモダマの自生を確認するためだ。まもなくしてリゾートの裏門前に差し掛かったところで三名の女性が待っていた。運転手が車を止め、何やら話しをしている。「もう、これ以上無理さ」とでも言っているようだ。すると一人の女性がジプニーの横から窓を足ががりに屋根に上ってきた。つづいて二人の女性も登ろうとしたがうまく上がれない。運転手が足場になってやっと上がれた。最初の女性は屋根に置かれたスペアタイヤにお尻を入れて座っている。考えてみれば、そこが屋根の上で一番安定した席だろう。私は薪に腰掛、空のポリタンクを結んだロープにしがみついている。二人の女性は箱に入ったジュウスの空きビンの上だ。
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屋根の上の見晴らしはいい、だけど時折、木の枝が顔を直撃する。


前日、バスの車窓から見たモダマ自生地らしい場所にさしかかる度、目を皿のようにして辺りの植物を確認していく。それでも数箇所でモダマが見つけられた。でも、気を張り詰めすぎたのと風を受けつづけたせいで目が痛い。
コロン・タウンに近づいて私の宿泊先の前を通りかかったところで、大声をあげて止まってもらう。屋根の上から降りて、運転手に乗車賃を聞くと70pだと言う。バスは90pだったので、それより安い。100pを差し出すと運転手が釣り銭が無いと言う。これまでの経験からすると余所者に対する常套手段で、チップとして30p取りたいのだろう。すると「彼は屋根の上に乗っていたのよ」と屋根の上から女性の声がした。スペアタイヤに座っていた人だ。(写真の白いTシャツの女性)運転手は「・・・」無言のまま三枚の20pをお釣りでよこした。なんと55km乗車して40p(80円)だ。普通、長距離ジプニーの場合、運転席の横と後ろのシート席が一番高く、次が客席、そして屋根や後部にしがみつくのが安い。それにしても40pにまで下げたのは、屋根の上の女性を意識してのことだろうか。(ありがとう、ポニーテールさん)


そして翌日、今度はオートバイをレンタルして、昨日の場所へ向かった。二種類のモダマ自生地を数箇所づつ確認できた。これらのモダマ種子が南西諸島や遠くは本州の海岸まで流れ着くことは感慨深い。特に一種はフィリピンのルソン島、ゴロゴロ島、そしてブスアンガ島などだけに自生する種なので流出先と漂着地が分かったことは、その間の経路を知る上で大きな手がかりとなった。
今回の旅では、先駆けて国際免許まで取得して計画をたてたが、思わぬ欠航での予定変更、それにスリ未遂の出来事、ブスアンガでレンタルしたオートバイにはナンバープレイトが無く、免許の提示すら要求されないなどアクシデントだらけだつた。それでも目的は果たせた。
最後に「海の民は、布を織らない?」を未解決に残して終わろう。
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モダマを探して踏み入った森の前で

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探し当てた小粒のモダマ

by modama | 2010-09-22 10:25 | Comments(0)