石垣島便り

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2011年 10月 04日

カンボジア・ラオス染織の旅

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カンボジアは、一昨年に引き続き二度目の来訪なので、今回はプノンペン郊外の
コダック島へ渡った。メコンとシェムリアップ川が合流するやや上流にある島だ。
通称・シルクアイランドとも呼ばれ、かつては王宮で舞われるアブサラダンスの
衣装なども織られていた。絣織ではなく金糸などを交えた組織織が主だ。

c0023181_1531254.jpgいつものようにバイタク
を一日契約で貸切、朝からラオス行きのバスの切符を手配したりして、昼前に向かった。
国道から脇道に入り船着場に到着。停泊しているフェリーに乗ってしばらく待っているとトラックや
乗用車が乗り込み満員になったところで出発。メコンの赤茶色の水面を横切る。流れは意外と速い。
乗船客に観光客は一人もおらず、フェリーも車と資材を運ぶ専用である。対岸に接岸すると真っ先に
身軽なバイクが上陸する。私達はそのまま島の道を北側へ進む。すると間も無く後ろからバイクが後を追いかけてきて、オバちゃんが何やら声をかけてくる。運転手が民家の庭にバイクを止めた。
「布を見てみますか」どうやら布の売り込みのようだ。オバちゃんは股の間に大きなビニール袋を挟み、荷台に少女を乗せている。その少女のフレンドリーな笑顔がかわいい。
停車した民家の床下には織機が置かれてあり、織りかけの布がかかっている。しかし、あまり質のよいものではなく、練習用のように思えた。来る途中、織をしていると思われる家を通りすぎたが、いずれも機械織のようであった。ここでは手織をしているが買いたいような布ではない。

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メコンを渡るフェリーの上で、今回専属のバイタク運転手君。

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オバちゃんは、ビニール袋から次々と布を出して見せる。時々、女の子が「これこれ、これがいいよ」とでも言うように声を挟む。なかなかのタイミングだ。でも、肝心な布はみな機械織のものばかりで精巧に織られているが、味がない。中から三枚ほどを買って「他のものは無いか」と聞いてみる。「家にある」(ここは自分の家ではないの?)と言うので、また、バイクに乗ってさらに北の方へ行く。その家には4~5名の婦人が居てバイクが来るのを見とどけると早速、おのおのビニール袋を持ち出してくる。布を広げる間に織機などを見ると、縦糸は架かっているが、織られてはいない。なんと織機の上にニワトリが止まって糞をしている。「はは~ん、ここでも織っていないことは、みんな売り子なんだな」と気づく。そかれからというもの、これはこれはと売り込み合戦。困り果てて、さらに一枚だけ買って一目退散。
私はバイヤーではないので、必要なもの以外は買わない。しかし、安い。安すぎる。同じ織物に携わるものとして、疑問を感じてしまう。こちらで値切らなくても、婦人達で自分の布を買って欲しいものだから値を下げてしまう。物が余りすぎているのだろう。そもそも伝統的な柄の布などそう沢山売れるものではない。タイにはタイの伝統織物があり、ラオスにもベトナムにもある。伝統的な柄の布は国内消費か、観光客用のお土産にしかならない。それを機械を導入して量産してしまったのだろう。ましてやインテリア用の大布などホテルや観光施設しか使わないだろう。何かが間違っている。
今回はラオスが目的地なので、翌日の朝のバスでパクセへ向かう。

カンボジア・ラオス国境を越える

カンボジア・ラオス間はバスで13時間の旅である。カンボジアの国境近くまでは一昨年に行ったが、今回はクラチェまでメコンの西側を走る違ったコースだった。そこは雨季とあって氾濫原のただなかを通る道だった。小高い土手の上の道は行けども行けども左右が湖のような氾濫原。大陸の広さと熱帯の雨季をつくづく実感した。ストゥントレーンから先の国境近くまでは熱帯林を伐採して開拓途上の風景が続く。ある意味で殺伐としている。「森を切り払ったこれらの土地は、はたして農地になるのだろうか」という疑問が沸く。森林資源を得るための口実と言う話も聞く。
今回、陸路での国境超えは、初めての体験だったので少し不安もあったが、難なく通過できた。数年前の情報では、ジャングルの中を歩いて超える国境と書かれていたが、今では道も舗装されており、手続きする官舎も新築の準備をしていた。国境線は百数十メートルでカンボジアのゲートをくぐり歩いてラオスのゲートをくぐった。
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カンボジア側ゲート。

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ラオス側ゲート。

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ゲートとゲートの間の国境線の道の両車線に数台のトラックが停車していた。積荷などの手続きの関係で通過できない車のようだ。トラックとトラックの間にロープを張って洗濯物が干されていたことから、数日止められているのだろう。それをわき目に旅行者が徒歩で行く。

カンボジアの北部から国境を越えてラオスに入ると景色がガラリと変わる。開拓地から田園風景へと・・・、その田園風景もカンボジアの広大な平原とは異なり、田あり、森あり、山ありの日本人にとっては、何ぜか懐かしい風景へと・・・

夕方、長旅を終えてパクセへ、しかし、ラオスのお金を持ち合わせていない。宿を取り、夕食を食堂で食べてドル支払いでKPを少し得る。金額の感覚がまったく掴めない。時差ボケという言葉は、よく耳にするが、金銭感覚ボケが起こる。それだけではない。GHで逢ったフランス人からは「ラオス人ですか」と聞かれ、食堂のおばさんからは「ベトナム人か」と言われ、日本人観光客からは「日本語が上手ですね」と言われてしまった。ラオス入り早々ショックを受ける。パクセは見るべきものも無いので、目的地のひとつチャンバーサックへ翌日たつ。

朝7時半にチャンバーサック行きのトラックバスが出るマーケット前に着く。車は見つかったものの
一向に出発する気配がない。欧米人の女性が一人待っていたので、チャンバーサックへ行くのかと聞いてみると、そうだと言う。イギリスからニュージーランドを経てタイ経由でラオスに来たと言う。
待っていても仕方が無いので、荷物を車に載せてマーケットをぶらつく。しばらくして戻ると、まだ、客は集まっていない。イギリス人の彼女は肩をすぼめて手を広げ嘆くポーズをとっていた。この分では、まだまだ発車はしないだろうと、何か用をたすことは無いか考えてみると、洗濯物が溜まり、着替えのパンツが無いことに気づく。再びマーケットに行き、パンツを探す。女性用下着や子供用服は多く見かけるが、男性用大人のパンツが見当たらない。やっと見つけたのは七分ほど丈が長い
柄つきのもの。柄がなければステテコのようなタイプで、短パンをはくと下着の方が長い。でも、仕方なく二枚買う。随分、時間をくったので心配して車に戻るが、まだ出る気配はない。仕方が無いので客引きを手伝う。人ごみをうろうろしている日本人らしい人に声をかける。中国人や韓国人に間違えて声を掛けてしまうが、幸い二人の日本人学生をゲット、チャンバーサックへ行くという。それでどうやら客席が埋まり、出発とあいなる。イギリス人女性が喜んでいたが、他の地元客は当たり前の顔をしていた。それもそうだ。満員にならないと発車しないのを皆知っているからだ。出発は11時、三時間半待ったことになる。c0023181_20565442.jpgチャンバーサックでは用事があり三日の予定が組んである。村そのものは、長閑ではあるが見所は何も無い。ただ、メコンの流れを楽しむだけだ。世界遺産に指定されたワットプーは、少し離れていて乗り物を使わないと行けない。用事が済めば行こうと考えていたが、ちょうど二日で済み、一日かけて行く事ができた。村も歩いてみたが、織物はされていないようである。放し飼いの牛が道草を食っていた。アヒルもニワトリも皆で道草を食っていた。綺麗なお寺のあるメコン沿いの村。
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参道の両脇に男性のシンボルが立ち並ぶ
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山の中腹にある本堂からの眺め
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本堂、後ろの崖からは清い水が湧き出していた。
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山の中にある岩には像が掘られていた。
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長閑な田圃の風景、ラオスは田圃がよく似合う。この田圃のさらに奥、山の麓で用事を済ませた。

さて、ひとつの用事が済んだので、パクセへ戻り、ラオス航空国内線でルアンパパーンへ向かう。
たまたまここも世界遺産だが、ルアンパパーンの町は夕方ついて、夜市を見て、翌朝早く托鉢を見ただけで、次の目的地へ向かう。帰りも寄ったが同じパターンだった。いつか、ゆっくりと滞在したい美しい街だ。
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売り子さんが可愛かったからついふらふらと立ち寄ったわけではない。ひととおり見て周り、この子のところが良い品揃えだった。色艶、手触りが良かった。同じ柄の物が他の店にも並ぶが、手でさわり感触を確かめること。絹のような肌触り(何だか話がおかしくなってきた)

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翌朝早く、北方行きのバスターミナルへ行く前に托鉢を見学。本来、見学をすることではないが、街の人々の暮らしぶりを知るには「早起きは一文の徳」(?)。来世での事はどうでもよいが、今、規律正しく生活することこそ大事なのだろう。反省と合掌。とにかく早起きをしなけば、次の目的地行きが遅れてしまう。トクトクに乗ってバスターミナルへ出かける。そこからノーンキャウまではトラックバスで5時間、ノーンキャウから船に乗り換え、メコンの支流、ナムウー川を遡る。これもほぼ一日の行程だ。
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車はいよいよラオス山岳地帯へと向かう。
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最近、天候が悪く行く道々で土砂崩れが起きていた。
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ノーンキャウのバス停、石灰岩の切り立つ崖が印象的だった。
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ノーンキャウの船切符売り場
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ここから先の交通は船しか無い。ナムウー川沿いの山岳に暮らす人々は、ここが陸路の入り口でもある。したがって、船で来て物資の売り買いをする場所でもある。船着場近くでは、何やらエタイの知れない獣の取引がされていた。ネズミよりひとまわり大きい燻製だ。
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ノーンキャウ船着場。
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雨季のシーズンオフとあって観光客は少なく、ほとんどが地元客であった。
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舟は上流へと遡る。途中の景色は素晴らしい。
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ところどころ村が点在する。
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街へ買出しへ行っての帰りだろうか、下船する人が降り乗客は少なくなる。
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今回の第二の目的地ムアンゴイ村、メインロードの左右に民家とGHが立ち並ぶ。その長さおよそ300m,だから村じゅうくまなく20分もあれば見学できてしまう。道の両端にはお寺がある。そお言えば、ここを基点に周囲の村々を巡ったが、他の村にはお寺が無かった。この差って何だろう。もしかすると、低地ラオと山岳ラオ(少数民族)の違いなのだろうか。単なる村の財政の違いなのだろうか。この村でも朝は托鉢からはじまる。ルアンパパーンと違って身近に感じられた。だって、上流側のお寺で太鼓がなると、そちらから僧侶が一本道をやって来て、道の両側の人たちがお布施をするのだから全てが一目で分かる。お布施の内容は、ご飯、お菓子、お金等・・・僧侶と村人は気軽に話しを交わすことはないが、きっと、ダレダレさんちの○○君といった具合に知っているのだろう。ずっと僧侶を続ける人ばかりではなく、一時、勤めてまた一般人に戻る人が多いと聞く。だから少年僧が多い。ついついお布施もお菓子が・・・
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僧侶の来るのを待つ村人たち。そのために朝から正装している。
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お布施が終わった後、座っていた前にお水を流す。







一日は、ボートをチャーターして川上の村々を訪問した。ソーピジャム村では織物が盛んで、各家々の軒先に織機が見らた。養蚕もしており、繭を見せてもらったら白と黄色の繭であった。いずれも改良の進んでいない原始的な種で、糸量が少ない。この黄色の繭はカンボジア、インドネシアでも使われている。この村の村長の家で昼食をとった。おかみさんが庭で餌をついばんでいたニワトリを捕まえて来て、これが今日のおかずだと言う。村長、船頭、ガイドと四人で村製のラオラオ(ラオスの蒸留酒)を飲んでいると炊事場で「コッコッコッ」と悲鳴が聞こえ、間も無く料理が運ばれてきた。娘が小さな臼で緑の唐辛子を潰して、柑橘の汁と調味料で作ったタレにもち米ご飯を少しつけて食べるのが美味しかった。瓶一本のラオラオはすぐに空になった。この村で私は布を三枚買い、ガイドのオトゥー君は柑橘とコウモリを買って帰った。コウモリは食用にするらしい・・・
さらに上流の村はハサプェイ、ここでは布は織られていない。青年が船作りをしていた。山の各村々で船は必需品なので、いわば自動車と同じ移動手段。農作業や狩猟、川での魚捕りが自給を支え、織や船作りは現金収入源なのであろう。織の場合、ムアンゴイなどのようにしない村では、お布施の時の正装の布は、近隣の村で買うのであろう。船もムアンゴイでは作られていなかった。GHなど観光で入ったお金は、それらの物を買うことで廻るのではないだろうか。
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ソーピジャム村は、岩山の麓にある十数件の村。

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村を巡った中で、一番良い布を織っていた。別の家では子供が練習をしており、ときどきお母さんが手直しをしていた。親から子へ受け継がれていく。
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繭と卵を見せてくれた。蚕に食べさせる桑は、葉に切れ込みの多いタイプであった。
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ハサプェイ村の船作り、川船は汽水が浅い。
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板と板の間には、樹液が塗られる。
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私がチャーターしたボートと船頭さん。

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ソーピジャム村での昼食。船頭、村長、ガイドのウトゥー君、かなり酔いがまわっている。

翌日は、目的の用事をたしに隣村のバンナへ一人で行った。ムアンゴイ村から洞窟のある岩場までは観光客も通るとあって道も広い。それでも未舗装で、あちこちに水溜りがある。熱帯の蝶が沢山いて目を楽しませてくれる。洞窟からは水が流れ清い川となる。透明な水の川は、この辺りで貴重なのであろう。わずか20mくらいで赤茶色の本流に合流してしまう。竹橋を渡るとバンナ村までは細い道となり、やがて、田圃の畦を歩く。その青田の美しいこと・・・。隣村に行くにはすべての人がここを通る。猟師も僧侶も旅人も・・・ここが正しくラオスなのだ。
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田圃の畦を猟師が行く。ときどき山から銃声が轟く。稲収穫前の農閑期には、こうして山の獲物を追う。川で魚を捕る。

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バンナ村
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バンナ村の学校、午前の授業を終え家に帰る。食事と昼寝をしてから午後の授業。
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山へ用事をしに行く。腰に山刀を挿してシーウォンおじさんが先頭に立って颯爽と畦を行く。

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シーウォンおじさん、ブンニャン先生、大変お世話になりました。無事用事が済みました。



用事を済ませムアンゴイをあとにして、再びルアンパパーンへ、またしても夕方と翌朝だけをこの街ですごし、空路カンボジアのシェムリアップへ、シェムリアップは洪水でした。
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冠水した道路で遊びまわる子供達。行き交う車の間をぬって泳ぐ子もいた。

シェムリアップでは、郊外にある「クメール伝統織物研究所」の村を訪ねることにした。前日、アポを取るため何度も電話したけど、まったく通じず、とにかくバイタクで行くことにした。途中の道は、いたるところで水溜り、トラックがはまり込んだりしていた。
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それでもどうにか村にたどりついたところ、何やら人だかりが・・・みんな日本人でした。「何かあったのですか」と聞いてみると「繭まつり」の帰りだとか。「洪水で少しづつの人と荷物を運んでいる」とのこと。それで、昨日、電話をしても通じなかったんだ。イベントのことはまったく知りませんでした。その日は、一日中、人の送り出しや会場片付けでてんてこ舞い。夕食時になって主宰者の森本さんとお話ができました。翌日は、取材に来ていたカンボジアTVのスタッフと車を脱出させるのに半日かかり、それ以外にも、いろいろ雑事があり大変な想いをされていました。私は村の子供たちと同じように洪水の中を歩いて、あちこち見学させていただきました。お忙しいところ済みませんでした。
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祭りの参加者が帰って村に日々の暮らしが戻った。早速、絣くくりの作業に取り組む人もおられた。物を作り、売る、作物を育て、牛を飼い、生活を営む。伝統を守り、新しい伝統を作る。さらに携わる人々を育てる。それと同時に経済的に自立を図る。ここが一番の課題なのでしょう。長いながいお仕事だと思います。お体をお大事に・・・また、いつかお会いできる日を楽しみにしています。

by modama | 2011-10-04 16:09