石垣島便り

modama.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 05月 ( 2 )   > この月の画像一覧


2012年 05月 06日

モダマを追って・旅するアジア、その3

アジアのモダマ売り
モダマの種確認、分布、種子の浮力、発芽・休眠など調べるためにこれまで、台湾、フィリピン、カンボジア、ラオス、ベトナム、中国雲南などを旅してきました。森に行くばかりではなく各国各地域の「モダマ売り」を見て周り、それぞれの地域でモダマがどのように扱われているのか知るのも楽しみのひとつです。また、モダマ種子が道具や玩具として使われている地域もありました。
日本でモダマ種子や莢を入手しようとすると、莢は花材店に種子は手作りアクセサリー屋、アジアン雑貨の店などで見られます。時には骨董屋に根付に加工されたものが置かれていたりもします。
それではアジアの街々ではどんな場所にあるのでしょう。
私はアジアに旅して宿をとると、はじめにすることが市場周りです。市場には食材から日用品、薬、衣類など生活に必要なものは何でもあります。食事もできますので便利です。そして、その国の人たちが何を食べ、どんなものを着、どんな生活をしているのかも分かります。
カンボジア(プノンペン)
c0023181_15365394.jpg

c0023181_1542441.jpg
カンボジア・プノンペンでは市場周辺に店を構えた民間薬店に置かれていました。その通りには数軒の店が立ち並びいずれも盛況でした。一見八百屋さんにも見えますが、慣れてくると匂いで分かります。薬独特の匂いが漂ってきます。症状を訴えどんなものが良いのか相談して立ち話している人も見かけます。
c0023181_15541876.jpg

モダマは何処にあるかというとコウイカの甲羅、ウコン、カブトガニの甲羅、アロエなどがある写真右上に半分ほど見えます。種類はEntada rheediiでした。カンボジアでモダマは民間薬としてだけでなく、ゲームにも使われます。お正月などに若い男女が集まり、日本で言うとビーダマのようにして遊び、勝った女子は負けた男子、あるいはその逆の膝にモダマをぶつけるバツゲームがあり、特に好きな相手にめがけて投げるそうです。痛そう。恋は痛みを伴うものなのですね。
c0023181_16102122.jpg

c0023181_1612828.jpg
何軒か覗いてみるとEntada glandulosaを沢山置いている店がありました。これまでに自生地を随分探し回ったにも関わらず見つけられなかった種です。思わず買ってしまいました。両手ですくった量を幾らかと訊ねると、若い娘さんが「ひとつ10リエル」と言うことでした。安い。
ちゃんと、ひとつ、ふたつと数えて、計算してくれました。写真左下にあるものを赤い蓋に移しながらみんな数えたんですよ。一個0,23円ぐらいのものを数えて売るなんて、東南アジアですね。
産地を聞いてみましたが、分からないとのこと、店主は知っていても教えないのでしょう。



中国雲南(西双版納・モンラー)
モンラーは、中国からラオスへ入る国境の街で、タイ族やハニ族などの少数民族が多く暮らしています。そこの市場に朝行ったとき、懐かしい光景に出会いました。口上売りとでも言うのでしょうか。バナナの叩き売りのように言葉巧みに客を集め商品を売る方法です。中国版ふうてんの寅さんとでも言ったらよいのでしょうか。ちょっと違うのはハイテクのインカムで声量を増幅しているところです。何を売っているのか人だかりに混じって覗いてみると・・・怪しげなものが並んでいました。
c0023181_16591167.jpg

c0023181_16594765.jpg
ヘビ、カメ、ワニ、カブトガニ、それに池の淀みから掬い揚げて来たような木っ端です。でも、良く見ると、その中にモダマも含まれていました。いったい何屋なのか見ていると、客を座らせポリタンクの液体を膝に塗るよう勧めています。どうやら膝痛の薬売りのようです。ペットボトルに入ったものが薬の原液らしく、ポリタンクのものは試供用で、皿に汲んで客に渡しています。
ところで、ここに並んでいるものと薬との関係は何でしょう。それらの成分が含まれているのでしょうか。それとも怖いもの見たさで客を集める手口でしょうか。きっと、その両方なのでしょう。「見せて、説得させる」は、この売り方の基本です。バナナの叩き売りでは「ほーら良く見てごらん、表も裏も本物のバナナだよ」(あったりまえだろ)と言って房をひっくり返します。商品確認をしてもらうのですが、人々は口上にのめり込んでいきます。
そんな光景を立ち見しながら、昔の体験が甦りました。
学生時代のことです。帰り道の駅前で人だかりがあり、覗いてみると泥と煤で汚れた物が山積みされていて、売り手が何やら説明しています。
「最近の新聞記事で知っている人もいるだろうが、〇〇万年筆の工場が火事になった。そのせいで会社は倒産、私はそこの工員だったが給料は貰えず、現物支給さたのがこのゴミの山、火事場から集め出した万年筆だよ。こんな物、沢山もらっておまんまが食えるか。しばらくの間、職も無いからこうやって皆さんにお願いしてるんだ。見た目は汚いがれっきとしたメーカーの品だよ」
山積みの中から一本取り出して包装を破ると中には綺麗な万年筆、抜き出してインクを着け紙に線を描きながら「字もろくすっぽ書けない工員が、家族抱えてどうしろと言うんだ」
首に巻いたぼろ手ぬぐいでペン先のインクを拭きながら「ほら、これなんか14金のペン先だ。市価なら〇千円もするだろう。どうだい人助けと思って一本五百円で買ってちょうだい。三本で千円でどうだい。高くはないだろ」ついつい買ってしまった私なのです。
家に帰ってインクを入れて字を書いてみると使い心地がいい、これはひょっとして掘り出し物かも知れない。とその時は思った。
ところが翌日、キャップをとって字を書こうとしたら何やら液体が・・・紙の上に黒い沁みがポタポタと落ちた。何のことは無い「同情売り」なのであった。(モダマとは全然関係無い話)
このオジサンは、そんな売り手では無いと思うが・・・でも、懐かしい。
c0023181_029183.jpg

前のオジサンが「地べた売り」だったのに対し、同じ市場でもこのオジサンは「台売り」だった。一段高い所に商品を並べている。そして、次の日も同じ場所で商いをしていたが、地べた売りは次の日居なかった。
このオジサンの商品の中にもモダマはあったが、この辺りに自生する種ではなかった。何処からか仕入れた品なのであろう。試しに「ひとつ幾ら」と聞いてみると1元だと言い、使い方を詳しく説明してくれた。でも、言葉の意味がよく分からない。その後も店の前を何度か通ったが、お年寄りと何だか話しこんでいる。症状を聞いたり、処方を説明したりしているのだろう。それにしても薬屋としては、メタボ腹がちょっと気にかかるが、中国では、そうは言わず布袋腹と言うのだろうか。
c0023181_045798.jpg

また、モダマとは関係ないが、写真手前は蜂蜜売り、その向こうは瓜だけを並べ地べた売りしている。蜂蜜は巣の中に一杯詰まっているが、はたしてこんなに蜜を貯めるだろうか、疑問も沸いたが巣にはまだ蜂が数匹付いていて、見慣れた西洋ミツバチではなく、ずっと小型の東洋ミツバチだった。
モンラーで出会ったもう一人のモダマ売りは、沖縄風に言えば「オバー」で、市場からだいぶ離れた路上で品を並べていた。それもれっきとした漢方薬店の前でだ。品数は八点ほどしかなく、それぞれが少しづつ四角い小さな笊に入っている。その中にモダマ一個と小箱があった。モダマ種子の形からすると地元のEntada rheedii sinohimalensisのようだったので値段を聞いてみた。「サンシーパー」と答えたので、38元だとするとやたらと高い。すぐに値段交渉に入らず「オバーは何族の人か」と聞いたらハニ族だと言う。随分前に山を降りたらしく漢字も書ける。オバーが「歳は幾つか」と聞くので「〇〇歳」と答えると「わたしゃ牛歳だ」と言う。約ひと回り上かと思っていたら、皺くちゃな顔に笑みを浮かべながら「ひとつ下の〇〇歳だ」と言う。「うっそー」とてもじゃないがその歳には見えない(失礼)。こりゃあ魔法使いのオバーかな。でも、私もこんな歳なんだと、とちょっとショックを受ける。気を取り直して「これ5元にして」と掌を広げて見せると「ああっ、いいよ」だって・・・拍子抜けした。はじめの「サンシーパー」は何だったのかと考えると、小箱のものも含めての値段だったのだろうか。ナゾである。
このオバーも何やら使用方法を説明してくれるが、理解するほどの語学力が私にはない。それにしても、よくもまあ、漢方薬店の前で僅かな品を並べて商いできるものだと感心したが、きっとモダマを含めた民間薬と漢方薬とでは次元も役割も違うのだろう。だから共存もできるし、店の前で商いされても問題は無いのだろう。そのことはベトナムでも思った。漢方薬の店にはモダマは無かった。
ある意味で、このオバーは街筋の健康相談役みたいな存在なのだろう。民間に伝わる健康に対する言い伝えを教えてくれる人、相手の症状によっては、後ろのお店でこんな薬を買いなさいとアドバイスしているのかも知れない。お互い立場をわきまえているのだろう。オバーと長話をしたおかげで写真撮るのを忘れてしまった。
c0023181_1016360.jpg

ベトナム(ハノイ、フエ、アルオイ)
ハノイでは旧市街に宿をとった。そして、いつものように街中を歩き廻り市場とその周辺を訪ねた。ハノイの街も通りごとに似たような品揃えの店が集まっており、楽器店通り、仏具屋通り、調理具屋
通り、中古ミシン屋通りなど等がある。しかし、道路が微妙な角度で傾斜して交差しているので覚えずらい。一日中歩き回ってやっと見つけた薬屋通りも、後で地図と照合してもさっぱり分からない。しかたないので宿の人に街角で撮った写真を見せ聞いてみた。「ランオン通り」だと言う。宿の人は、何で観光客がそんな街角に行ったのか不審に思い「どこか悪いのか」と心配してくれた。でもモダマ(ベトナム語での表現)の言い方が分からなくて説明できず何となくごまかしたら、余計不審な顔をしていた。旅先では言葉の壁がいつも立ちはだかる。
このランオン通りには10軒ほどの漢方薬店が軒をつらねていたが、いずれもモダマを扱っていなかった。市場に行っても無い。フエの街でも立派な店構えの漢方薬店を見て廻ったが同じように無い。
モダマは漢方では薬として、あまり認められていないようだ。
手元にある国立中国医薬研究所出版の「薬用植物学」甘偉松著にもEntadaは載っていない。むしろ、古い時代の「本草学」には、モダマがしばしば登場する。本草学は中国における薬学、博物学の基礎ともなる学問であるが、漢方が独自の分野として発達する過程で民間的処方は排除さていったのだろう。また、中国にとって南方の植物であるモダマは疎遠でもある。一方、漢方の浸透が少ない東南アジアでは民間薬としての座は揺らがず、カンボジアでは店舗にも並んでいる。
タイで発刊された民間薬の本ではEntada glandulosaに対し次のように載っている。
処方:種子か根を擦って、お酒に混ぜて体表部に塗る。あるいは擦ったものを水に溶かして飲む。
効能:皮膚病、慢性的な傷などに効果がある。木の皮は剥がして間接部にあてると関節痛が治る。タイでは未熟な種子を食べると癌や躁鬱症に効くとされる。
そお言えば、西双版納・モンラーで見たヘビ、ワニ、カブトガニを並べた怪しげな薬売りのオジサンも膝痛に使っていた。この地域は中国ではあるがタイ族が多く暮らしている。まんざら根拠が無いわけではなさそうだ。
c0023181_1113012.jpg
ベトナムでもフエから西へ行ったラオス国境近くのアルオイでは、市場でモダマを見ることができた。少数民族の小さな村だ。ここのモダマ種子は大きい。植物分類学上何の種に当てはまるかまだ不明だが、とにかくでかい。市場のおばさんの話を運転手から聞いたところによると「モダマ種皮を剥いで、中身(子葉になる部分)を取り出し二つに割って(もともと双葉だから二つに割れる)それを
患部にあてがう」という話だった。写真は買った後の売れ残りで少ない。
c0023181_1123039.jpg

同じ市場で見かけたオオトカゲ、自然保護や種の保存法以前に虐待の罪に問われそうだが、それにしても人は生き物を食べて生きている。旅先では生き物の売り買いは極当たり前な光景だった。それにしても随分痩せていて食べるところあるのかしら。

ラオス(ルアンパパーン、パクセ)
c0023181_1142876.jpg
ラオス・ルアンパパーンの楽しみは夜市だが、何度か行くと市にだされている品が同じような物で少し飽きてくる。それでも食事をしてビールを飲んでぶらぶら歩いていると、多少の変化にも出会う。今回はモダマ種子の表面に彩色された飾り物が売られていた。この手のものはバス。夜市通りはずれの角には台売りの薬屋が三軒ほどあってムクナとモダマが置かれていた。この辺りも観光客が多く、売り手もすれているのでやはりバス。値段交渉やお釣りのことでごたごたするのを避けた。c0023181_11562741.jpg
パクセでは、大きな市場(日常品から貴金属まで売られている)の軒先で地べた売りしている雑多屋にモダマがあった。行きかかった時、ちょうど坊さん二人がシバ像を物色していて値段が折り合わず帰るところだった。ここは「蚤の市」みたいに骨董モドキやイノシシの牙、サザエの蓋、ビーチグラス風の珠、などに混ざっている。モダマ二個とムクナ六個を買うため値段を聞いたら、片手を広げたので、首を振って10,000キープを払ったら不満そうな顔をして受け取った。それでも充分なはずだ。ムアンゴイでは莢がその値段だったのだから。いろいろな国を廻っているとお金の換算がややこしくなる。そこで、日頃よく支払う額を目安にする。雲南では朝食5元、昼食10~15元、だからモダマ1個、1~5元、朝食代以下と決めている。欲しければ値を付けるが5元以上にはしない。どこの国でも実際は高いものではない。カンボジアなどでは小さなモダマが一円で4個買える。ただ、装飾を目的としたものはちょっと違う。値も上がってしまう。
c0023181_12284713.jpg

c0023181_12292898.jpg
フィリピン(ブスアンガ島)
各地のモダマ売りを見て廻るのは、それぞれの場所でどんな扱われかたをしているのか、とそこでの自生地の有無を知る手がかりでもある。フィリピン、ブスアンガ島では到着した当日、市場はずれの手作りアクセサリー店で莢と種子を見つけ「この島のものか」と聞いたところ「そうだ、島の森にある」との返答をもらい、探すのにどれだけ心強さを与えてくれたことか。行き先での不安を解消してくれるだけでも力になる。三人のミュージシャンが営む店で、これから森へ行く勇気をもらった。

by modama | 2012-05-06 15:37 | Comments(0)
2012年 05月 04日

モダマを追って・旅するアジア、その2

ラオスを南下、そしてベトナムへ
c0023181_16354258.jpg
c0023181_16362558.jpg
ベトナムから中国雲南省へ入り西へローカルバスで移動して西双版納のモンラーからラオス・ウドムサイ、そしてルアンパパーンに着きました。これから先の目的地はチャンバーサックなので一気に南下したいのですが、これから長旅になるので、ルアンパパーンで一休み。
この街には以前、二度立ち寄っていますが、いずれも夕方着いて、早朝出発してしまいました。なので今回は、王宮や丘の上にあるお寺を観光しました。綺麗な街並みを歩いていても、メコンの流れを目にすると、河川敷の地形は、モダマの水散布に有効であろうか、無効であろうかなどと考えてしまいます。泊まったGHに出入りするツアーガイドに滝遊びを勧められても、話題はモダマになり「こんな植物知っているか」と質問になってしまいます。ガイドは「沢山あるよ」とは、言うものの具体的な話になると、曖昧になってしまいます。沢山の客を連れて行って遊ばせる方が、彼らにとって楽なのでしょう。c0023181_1713437.jpg
夜市も何度か見て廻ると扱われている品が、どの店も似たものであることが分かってきます。所謂、
お土産品で仕入れて売るものです。昨年、布を買った店を探しましたが、今回は出ていませんでした。作るの半分、売るの半分の人たちは、いつも露店を開くわけにはいかないのでしょう。今回は
モダマの種子にペイントを施したものが売られていました。買う気にはなりませんでしたが・・・
翌日、ビエンチャンへ向かうバスに乗ると1時間ほど山を登った茶店にモダマの莢が飾られていました。莢の形からするとEntada rheediiのように見えます。
c0023181_17294932.jpg

その先の山越えは、ひどい土埃でしたが、自転車でルアンパパーン方面へ向かう欧米人数人を見かけました。いつも彼らのチャレンジ精神には驚かされます。と同時に「何もそんな過激な旅に臨まなくてもいいのに」と思いますが、自分とてモダマを追ってこんな旅をしているのですから、人のことは
どうのと言えません。
12時間バスに乗って夜、ビエンチャンに到着、宿をとって翌朝パクセへ15時間のバス旅でした。
パクセ到着は夜中の12時を過ぎていたので、以前、泊まったGHは閉まっていて近くのホテルを
たたき起こして泊まりました。夕食とお酒ぬき、健康にいい旅です。
お腹がすいているのにぐっすりと眠れ、朝遅めに起きてコーヒーと朝食のフーを食べてチャンーサック行きのトラックバスが出る市場前にいきました。
c0023181_17521827.jpg
チャンバーサック行きのトラックバスは、相変わらずの不定期便ですが、メコンに沿った道路が舗装され、少し快適(?)になりました。昨年泊まった宿に荷を置き、オートバイを借りて出発です。
宿のオヤジが覚えていて「物好きなやつだな」と呆れ顔です。
旅の計画で、前もってグーグルアースで上空から、自生地らしい地形や植生を何度も見ているので目的地へ直行です。乾季というのに前日の夜に雨が降ったので、村の未舗装の道はぬかるんでいました。それなのにひび割れた田圃の土は、少しの雨では硬く、オートバイは道を避けて田圃を走るというしまつです。ときどき畦にエンジンの腹がつかえ立ち往生します。
c0023181_2253525.jpg

予定地に着いて、木陰にオートバイを止め、モダマを探し始めるとものの10分もしないうちに莢を見つけました。その時の感激はひとしおです。道脇の草を掻き分け立ち木に近づこうとしたその時、足元にココヤシの実が半分に切られたものが落ちていて、お椀状になった内果皮の中に小さな生き物がうごめくのを見つけました。目を凝らして見ると生まれたばかしのネズミです。物陰ではなく陽が直接当たる場所です。「何でこんな所に」と疑問に思いました。まるで、子犬がダンボール箱に入れられ道脇に捨てられている状態です。まさか親ネズミがこんな所に産むわけないよな。かと言って人がそんなして捨てるだろうか?不思議な思いでした。
c0023181_230585.jpg
そこで幾らかのモダマ莢を採集して、次は林の中へ入りました。すると間も無くして立ち木の高いところに莢を見つけました。どうやって採ろうか、算段しているとぱたぱたぱたとゴムゾウリの音です。まさかこんな場所で人に会うとは思いもよらず戸惑いました。シン(巻きスカート)を身に着けたご婦人が小道を歩いてきます。手にビニール袋と鉈を持っています。身振り手振りで事情を説明すると、鉈で竹を切って、それを棒にして莢を叩き落し拾ってくれました。その手際のよさにもタイミングにも驚くばかしでした。彼女がまたぱたぱたぱたとゴムゾウリの音を立てて帰っていく姿を見ながら、まるで狐に騙されているのではないかと思いました。あっという間のモダマ発見、足元のネズミ、高い所の莢をどうして採ろうかと算段しているその時、鉈を持った人が現れ親切にも採ってくれるタイミング、不思議の森に迷い込んだようです。
c0023181_2335867.jpg




翌日もオートバイを借りて自生地を探しました。昨年9月、田圃の脇で見つけた場所にも行って見ましたが、雨季の時と今回の乾季では風景がまるで変わってしまい場所を特定できませんでした。記憶では、田圃の持ち主の田小屋と水路があった気がします。
c0023181_2344105.jpg

c0023181_23475826.jpg



今では稲もすっかり収穫され、田圃には水牛が放されていました。土もかちかちでオートバイも走れます。まだ青かった莢を写真に収める時、田圃の主がアリに噛まれるのを我慢していたこと、最後には皆でその場を逃げ出し大笑いしたことが思い出されます。
c0023181_23503845.jpg
c0023181_23515460.jpg



ワットプーの南側には、まだ修復されていない小さなお寺がありました。積み石が崩れたままで山の
ようになった様は寂しい限りですが、それでもお参りに来る地元の人がいるようで、お供えものがありました。参道の敷石、リンカなどが散在し、綺麗なレリーフも草の中に埋もれたままです。
c0023181_23532637.jpg
c0023181_9454461.jpg



今回の旅の目的であった小粒種子のモダマに出会うこともでき、日程も残り少なくなったので、ベトナムへ向かうことにしました。ビエンチャンからパクセにバスで来る途中、休息停車したサバンナケートでフエ行きのバスが出ていることを知り、それに乗ることにしました。国境越えのバスです。
c0023181_9481027.jpg

国境はラオス側がダンサバン、ベトナム側がラオバオの街です。これで三つ目の国境越えですがトラブルもなく、すんなり通過できました。以前は賄賂の要求や嫌がらせなどもありましたが、最近は無いようです。イミグレも近代的な建物です。ちなみにベトナムは出入国カードの記入が必要ありません。あのカードは記入内容がほとんどパスポートに書かれてあり、特別な欄としては、入国先の宿泊施設等でホテルの名前など書き込みますが、予約の無い場合には適当に書いても通りますので、あまり意味がないと思っていました。むしろ、出国カードをなくさないように旅先で気を配る苦労があります。他の国でも廃止を検討して欲しいものです。
c0023181_10144590.jpg

c0023181_10152346.jpg
フエでは王宮などを見学し、次の予定地であるアルオイへの交通手段を探しましたが、パスなどの公共乗り物は無く、結局、運転手付き自動車をチャーターすることにしました。相談したGHの係りは、何で高い金を払ってまでモダマを探しに辺鄙な場所に行くのか理解ができないようです。
「あそこへ行く道は悪いし言葉も通じない人が居る場所よ」と言っていました。実際は少数民族の村ですが言葉は通じます。(と言っても私はどちらの言葉も、もともと分からないのですが)
c0023181_10405844.jpg
その日の夜は、GHで知り合った日本人留学生や地元で日本語を勉強している学生たちとカニそばやひよこ卵を食べに行きました。露店のひよこ卵屋は暗く、卵の中身が見えませんでした。それでいいのだ。味は美味しかったですよ。そうそう、旅では行く先々の食べ物が楽しみですが、今回の旅ではフエが一番良く、エビの酒蒸と揚げ魚の春巻きは最高でした。それにライスワインは欠かせません。
お酒は、雲南(と言うより中国)では、いろいろな種類のカップ酒があり楽しめました。度数が高いので小型のカップです。それが旅先ではちょうど良いのです。(これを書くと限がないので止めます)
c0023181_1174852.jpg
アルオイでは、市場で運転手君が率先して聞き込みをしてくれ助かりました。ここのモダマは種類がまだ分かりませんが、種子の大きさでは最高級です。ここの自生地場所の情報を教えてくたi氏は密かにギネスを検討していたようですが、費用が高く止めたようです。また、新たに別の情報も仕入れることができて来たかいがありました。GHに戻ると係りの人が「モダマ必要なら取り寄せて、送ってあげますよ。幾らになりますか」と聞いてきます。ビジネスではないので必要ないと断りました。
彼女には車をチャーターしてまで、あんな遠い場所に10個のモダマを買いに行ったことが利益から離れて考えられないようです。それもそうでしょう、ジャック少年のお母さんも三個のマメと牛一頭を交換した気持ちなど理解できるはずがありません。
c0023181_11205060.jpg


by modama | 2012-05-04 16:28 | Comments(0)