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2012年 08月 24日

タシロマメとゴバンノアシ

台風14号が石垣島南方で長らく停滞していて、台湾方面へ遠のいた。
もうひとつ台風15号が沖縄・宮古間辺りを目指している。
今日は、台風の合間のちょっと晴れの天気、でも風は少しあり雨も降る。

「鬼のいぬまの洗濯」ではなく「台風のいぬまの雨どい掃除」をするか。
長雨と風で、樋に葉が溜まっている。
少しの水溜りがあるとボウフラがわく。
屋根に梯子を掛けながら、上を見上げるとタシロマメの木に花が咲いていた。
そお、そお、隣のゴバンノアシも気になる。
実は着いただろうか。

カメラをもって樋の掃除に梯子を上る。ドッコイショ。
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おぅ、おぅ、ちょうど見頃。
四枚のガクと一枚の花びら、三本の長いオシベと一本のメシベ。
新しい花びらは白で、時間がたつと赤くなるらしい。

この木も海岸で拾ってきた漂着種子を蒔いたもの。
でも、石垣島と西表島にも自生しているのでローカルドリフトしたものかも知れない。
と言っても、自生地はみな海岸近くなので、八重山の分布自体が、
海流散布の可能性がある植物。
分布はマレーシア、カロリン諸島、ポリネシア、マダガスカルだそうだから、
八重山は北限になる。
明治の植物学者、田代安定の名にちなむ、別名シロヨナなどの名もある。

そおいれば、ゴバンノアシはどうなった!!
見ると、何と、二つ実が着いていた。
下からは見えないので、あきらめていたのに・・・
「よくもまあご無事で」
次の台風さえ来なければ、色づきそうだ。
屋根の上で、遥か先の空を睨みつける。
「来るなよ、来なくていいよ」

鬼の来ぬまの樋掃除。
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by modama | 2012-08-24 12:38 | Comments(0)
2012年 08月 22日

海遊び

海のすぐ近くに住んでいるのに、最近、海水に浸かったことがない。
海岸を歩くことはあっても、海に入らない。
歳かな~。

せっかく香港から来ているJasmineさんを海に誘った。
来島してから、街には何度か行ったが、台風接近のせいもあって、
海へは、なかなか行けない。
スタッフの娘も行くというので、三人で出かけた。

やはり「海はいいな~」
泳ぐとゴチゴチの身体が、スッキリした。
石垣島では、陽射しが強く、地元の人は服のまま泳ぐ。
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帰りは、浜に流れ込む渓流で真水を浴びる。
冷たい冷たい水で、二人とも修行みたいと言っていた。

海遊びをしたのは日曜日だったけど、水曜日の今日には、
また、台風14,15号が接近している。
今年は、本当に台風の接近が多い。
どうか、それてくれますように。
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by modama | 2012-08-22 14:43 | Comments(2)
2012年 08月 12日

少女と津波石?

この夏休みの間、香港から女子大生が工房へインターンシップに来ています。
はじめ、空港へ迎えに行って出会ったとき「はっ?」
この娘、本等に中国人・・・まるで、秋葉原から石垣島へ遊びに来た娘のように見えました。
もう、一週間たちますが、なかなかしっかりした娘で、仕事の飲み込みも早いようです。

今日は日曜日で工房が休みなので、二人で街へ出かけました。
図書館やTUTAYA、それに買い物を済ませ、帰り道に「ふっ」と思い出して、
「数十万年前の津波で運ばれた」と言う説(主張)のある花崗岩を見に行きました。
その場所は、名蔵アンパルの近くなのですが、
前から気になっていた石もついでに見ました。
その石のある場所は、真栄里ダム入り口の角にある巨石です。
普段は車で通り過ぎてしまうので花崗岩かどうか、また、周辺の土や礫も見ていませんでした。
車を止めて、彼女を立たせて記念撮影、石は花崗岩でした。
これはまさか違うんでしょうね。でもどうしてここに在るのでしょう。
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すぐ後ろの畑の礫は、まったく違う岩類です。
ダムを挟んで於茂登集落側は、花崗岩のようでした。
それから問題の名蔵へ行き、何箇所かで半分埋まった花崗岩を見て廻っているうち、
畑で赤土を耕すトラクターに出会いました。
その畑の周辺にも花崗岩の一抱え程の石が運び出されています。
するとトラクターの鍬に掛かるほどの深さにも在ることになります。

石垣島の農地の基本的な地質構成は、琉球石灰岩の上に赤土が覆っています。
この赤土は、以前まで、琉球石灰岩が風化したり、その上に自生した植物の有機質から
成るとさていました。しかし、最近の学説では、琉球石灰岩の風化だけでは、
1mあまりの赤土生成は補えず、大陸のチベット方面から風で運ばれた土も多く堆積して
いることが、含まれる鉱物質の分析などから分かったそうです。

と言うことは、畑の赤土の堆積は、下層の琉球石灰岩の形成された年代、
例えば、酸素同位体ステージ5だとして、その後になるわけですから、
「数十万年前の津波」が運んだ花崗岩だとすると、
トラクターの鍬に掛からない、もっと下の方になければなりません。
(名蔵の場合、琉球石灰岩は有りませんので、基層近くに)

意外と浅い土中にも有る花崗岩は、何時、どのようにして運ばれて来たのでしょうか。
数十万年前の層の上に点在するのであれば、少しは肯ける(でも津波とは確定できない)
のですが、まだまだ、ナゾが多いようです。
写真は、鍬で何度も擦ったあげく、畑の脇に運び出された花崗岩。
畑の近くには、神田貝塚、太田原遺跡という遺物包含層があります。
これらの層は、数千年前のものです。
花崗岩はどんな層にあるのか対比して調べる必要があると思います。

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by modama | 2012-08-12 17:48 | Comments(0)