<   2013年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧


2013年 05月 29日

泉湧く都

「泉湧く都」  なんてすばらしい言葉の響きなんでしょう。
今では、まるで理想郷のようなイメージですね。でも実際に、かつては人々が水辺に移り住み、集落を築き上げてきた歴史が世界のいたる所にありました。地中海沿岸の古代都市、砂漠の中のオアシスに栄えた都、山の中の盆地の街、そもそも都市とは、そんな水の有るところに栄えた人の集落からはじまったものなのでしょう。飲料水の確保にはじまり、交通手段の利といった地理的条件の良い場所に人々は集まり暮らしました。
集落が大きくなるにしたがい、泉の水だけでは足らなくなり、井戸を掘り、上水道を建設して都市化が進んでいきました。今の東京が江戸と言われた時代にも、東京湾にそそぎこむ河川沿いの葦原に出来た街が巨大化するに伴い、玉川上水などが敷設されたわけです。一方で庶民の暮らしには身近な井戸は欠かせず、昭和の時代になってもポンプ式井戸が利用さていました。東京新宿の我が家にも台所と庭の裏手に各一台ずつ有り、炊事と庭の植木の水やりなどにつかわれていました。子供の頃、水汲みをよくてつだわされたものです。
c0023181_10424795.jpg

c0023181_1155816.jpg
写真は、ネパール・カトマンズの「ドゥンゲ・ダーラ」と呼ばれる泉です。人々は、かつてこの水と井戸をたよりに生活を営んでいました。生活用水を汲んだり、水浴び、洗濯などをする集いの場所でもありました。聞いた話によると数十年前までは飲料水としても使われていたそうです。
ところが、今では飲料水として使えないだけではなく、水質の悪化、水量の減少が問題になっています。私が今回、カトマンズを訪れた際、街中を歩いて見たかぎり、半数以上のドゥンゲ・ダーラの水は枯れていました。使われているものでも、ほとんどが水量の減少が窺えます。
c0023181_1134553.jpg

水が出ず、訪れる人も居ないドゥング・ダーラ。
c0023181_11155183.jpg

少量ながらも水の出るドゥング。ダ゜ラには、朝から水汲みに来る人がひっきりなしです。といっても待ち時間が長いのと陽射しがつよいため、容器のポリタンだけを置いて、日陰で順番待ちをしています。
c0023181_11363828.jpg
写真でも、いかに水の出が少ないかお分かりかと思います。それでも、カトマンズ市民にとって水くみが欠かせないのは、水道水の供給時間が早朝の僅かな時間に限られているからです。それも蛇口からちょろちょろとしか流れません。ゆとりの有る家庭や宿泊施設では、この供水時間帯にポンプで自家用タンクに引き込み貯水します。あるいはタンクローリー車から購入します。旅行者がホテルで何気なくシャワーを浴びたり、トイレの水を流せるのも、実は特別な恩恵なのです。
c0023181_1213575.jpg
写真のような枯れてしまって破棄され、いつしかゴミ捨て場のようになったドゥンゲ・ダーラを幾つも見ました。なかには水が出なくなったので、高台にタンクを置いて、パイプを引き込み、使っていた形跡の見られるものもあります。しかし、その水は買わなくてはならないので、共同水場として管理運営していくには、いろいろ問題があるのでしょう。
c0023181_1211678.jpg

水が出なくなっても、清掃され、管理されているドゥング・ダーラ。すでに実用性は失われても、集落にとってはいつまでも神聖な場所なのでしょう。多民族国家のネパールでは、各集落によってもさまざまな考え方を持つ人が暮らしています。
c0023181_12223229.jpg


ある寺院の横にあった泉は、本来の水口の下にパイプを取り付け水を確保していました。横にボーリングして、新しい水脈を得たのでしょう。この寺院では、ヤギの生贄が行われていました。儀式の上でも水は欠かすことができないはずです。





カトマンズ、都市としての問題点
カトマンズ滞在中、ダルバール広場近くのジョッチェン出身の人と話す機会がありました。彼は郊外に自宅を持ち、生家のあったジョッチェンで宿泊施設を営んでいます。彼にとってカトマンズでの問題は「水と電気」だそうです。カトマンズでは現在、12時間の計画停電が実施さています。私が滞在中にも、夕方から停電する日が度々ありました。それでも蓄電装置があって、停電と同時に自家蓄電か自家発電に切り替わるようになっています。(うまくいけばの話しです)度々、うまくいかず、ローソクのお世話になりました。都市の一室でローソクの炎で暮らすのもおつなものです。でも、日常的に、しかも、蓄電機や発電機を持たない家庭にとっては、停電は深刻な問題です。日中、暗く暑い部屋の中にこもって暮らすより、外に出て木陰で過ごす方がずっと快適です。そのためでしょうか
ダルバール広場などでは、ひなが木陰で過ごす人の姿がたえません。
c0023181_12573553.jpg

c0023181_12585099.jpg
写真は、都市観光地タメルに近い繁華街です。発電量の不足にとどまらずインフラ整備全体が遅れていることが分かります。水道も電気も同様です。おっつけ仕事の電気工事を見れば一目瞭然です。都市化がインフラ整備に追いつかなかったのでしょうか?それらを怠っていたのでしょうか?経済的な事情があっての事でしょうか?それらはひとまず置いておいて、彼と話しをした時、ゴミの問題が出てこなかったので「ゴミは」と訊ねたところ、「ゴミはそれほど深刻ではない、とにかく、水と電気が問題」と言っていました。実際は、外国人の私からすれば、ゴミの問題は、同様に深刻なはずです。
c0023181_1446233.jpg

c0023181_1448946.jpg
カトマンズを流れるビシュヌ川です。
川の水は汚れに汚れ、河川敷はゴミ捨て場になっています。下水道施設の未整備は、言うまでもなくゴミ、特にビニール類の破棄は見るに耐えません。このことはカトマンズにかぎらず東南アジア、中国でも地方へ行くと極当たり前の光景です。日常生活での便利さが優先され、普通に使用するものの、その処理には無頓着な結果です。この先、これらの街はとうなってしまうのだろうと、通りすがりの外国人は、単に無責任に思うだけなのですが、わが身を振り返ると寒気を催します。
見た目は、これほどではない、と言う一抹の安堵感もありますが、もっと、根本的な事を考えると「本当にそうなのだろうか」と不安がよぎります。
その不安とは、目に見えない部分です。確かに日本での暮らしは、水は水道の蛇口を捻ると勢い良く流れ出ます。ゴミは、分別して決められた曜日に指定場所まで出せば、持って行ってくれます。不法投棄は絶えませんが、何処かしこにビニールが散乱している状態ではありません。
インフラ整備をして、快適な都市生活を送る、ことはできていますが、果てしなく拡大される豊かで便利な生活は、一方、直接目に見えないところで矛盾をきたしているのではないだろうか、と考えてしまいます。それは、すぐには発現せず、長い時間をかけて蓄積され、ある時、地震のようにドッと
巨大なエネルギーや出来事となって、襲い掛かるのではないでしょうか。

現在、島で暮らしている私が実感している問題は、島の乾燥化です。いや、捻るとジャーの水道の恩恵にとっぷり浸かっている人々にはピンとこない話かも知れません。でも、島の泉もつぎつぎと枯れかかっています。前勢岳南斜面のハンナカーラも今では水をたたえていません。真喜良から観音堂へ至るフサキには幾本かの小川がありましたが、今では、雨の降った直後しか流れません。
バンナ岳麓の南東にある、昔、雨乞いの神事に使われた泉の水も水位がさがりました。島をとりまく各村々の小川は、どうでしょう。井戸は・・・。
それでいて、各村々でも水道の蛇口を捻れば水は、勢い良く流れでます。この便利さが、事の起こりを曖昧にしています。実感が湧かないのでしょう。でも、島は確実に乾燥化が進んでいます。
その結果として、島は人の暮らしによって変化しているのですが、目が向かないのです。
c0023181_15474965.jpg
c0023181_15493247.jpg
少年が汲んでいる井戸水を見てください。彼の足が見えないほど濁っています。今でもカトマンズの街まちには、共同の井戸があり使われています。この汚染は、下水道の不備が原因と指摘されています。そのこと自体は間違えないでしょう。ならばインフラを整備すばすべては解決するでしょうか。
水の濁りは収まるでしょうが、枯れた井戸の水は甦らないでしょう。地域、地域には人が住めるキャパシティーがあるはずです。そのレベルを無制限にして、インフラ整備を続けても、何処かに矛盾が生じるはずです。都市が巨大化すれば、その矛盾は周辺地域に押し付けることになります。カトマンズは、それ以前の問題ですが、島と比べてみるのが良いかも知れません。山々に囲まれた街と海に囲まれた街の違いはありますが・・・
島では一時期、選挙の度に「本土並み、本土なみ・・・」と連呼され、本土並みの豊かで便利な暮らしの実現が唱えられました。(そお言えば、最近あまり聞かないな)(豊かな自然と本土並みの暮らし、とは、随分欲張りじゃない・・・?)

島では、人の住める土地に限りがあります。島の乾燥化を考えるに、降雨で得られた水が山の貯水ダムに蓄えら、送水管を通って浄水場に運ばれ、再び送水管を通って各家庭、宿泊施設等で使われ、下水溝を流れて下水処理施設に行きます。汚染は処理されますが、その水は海へ流されます。山から街へ、そして海へ帰ります。その間の土地には、水の流れが省略されます。
舗装道路が島を取り巻くと、側溝を通して雨水は海に直接流れます。山の麓では、森を採草地に変えました。農地でもビニールハウスが雨を遮り、集中的に排水溝へ水を送ります。ハウス内では、降雨が無い分、管理的に潅水します。それら人の営みによって雨水が島の土地に吸収される機会が減りました。島は面積的に人の住める限界があるだけではなく、生活の仕方によって限度は変化します。
豊かで便利な暮らしが、はたしてどれだけ受け入れられるのでしょうか。

カトマンズでも、周辺山岳部からの人口流入が目立ちます。一方、ジョッチェン出身の彼のように仕事は都市で、生活は山の麓の郊外でという人もいます。
島でも、エコ、エコと唱えながらも街の便利さに浸っている人もいます。
「唱えるより、そおしたら」と言いたくなりますが、人は誰しもご自身の生活が第一なのでしょう。

by modama | 2013-05-29 11:21 | Comments(0)
2013年 05月 24日

ナギの実

「ナギ」は、イヌマキ科の植物で日本では紀州、土佐、南九州、南西諸島に分布し、台湾、南中国などでも見られます。「ナギ」の和名は、沖縄方言の「ナギー」からつけられたようです。沖縄は島々の集まりなので、方言もいろいろあります。八重山地方では「ユカルピトゥヌキャンギ」といいます。「キャンギ」は、「イヌマキ」のことで、「ユカルピト」は、士族のことです。
昔、人頭税があったころ、平民は税の一環として物資の納付を義務づけられました。米、雑穀の他に船舶建造や建築のための材、ロープ繊維などです。各村々に割り当てられ、忙しい農作業の合間に山に入り、それらを調達します。建築材のイヌマキを切り出しに行くとき、ときにはこのナギーも切り出し供出したそうです。樹皮を剥がすと材質はイヌマキに似ているため誤魔化すことができたそうです。いつしか「ユカルピトヌキャンギ」と呼ばれるようになったとか・・・山仕事の時、オジーから聞いた話です。
c0023181_9235497.jpg

そのナギーが、10年ほど前に石垣島の仲筋、吉原間に街路樹として植えられました。写真はその実を撮ったものです。
数年前、中国福建省の大学で植物をされている先生が訪ねて来られ島を案内したことがあります。その時、街路樹として植えられたナギーを見て「この木は、陰樹なので街路樹にはむかない」と指摘されていました。そのとおりで、もともと山などでは、北斜面のあまり陽の当たらない場所に見られます。役所の選定は、あまり適当ではなかったようです。
それでも、植えられたナギーは、どうにか成長を続けています。この時期になると沢山の実を着けます。一時は園芸業者が実を採取していましたが、最近は採らなくなったので路上に散らばっています。
あらためて考えてみると、山の木よりも毎年沢山の実をつけているようです。そぐわない環境に植えられ、危機感を受け続ける木は、子孫を残すために毎年多くの実をつけているのでしょうか。
それに、山のものと比べると葉は小さく、黄色味が強いようです。
これは、たまたま人が適さない環境に植えてしまった一例ですが、自然界でもよくあるケースだと思います。つまり、種子の行き先によって、たどり着いた環境はまちまちなはずです。
風で飛ばされた種子の落ちた場所、水で流されてたどり着いた場所、より遠くへ旅立った種子ほど、
たどり着いた場所の環境リスクは未知度が高まります。気温、降水、季節の変化が伴うでしょう。
海流散布のように数千キロもの距離をいきなり移動した種子、それもたどり着いたはじめの地は、
海岸か汽水域なのですから、海浜性植物以外は発芽はしたものの枯死するものがほとんどなのでしょう。それでも、偶然、たまたま、奇跡的に、どうにかこうにか、やっとこさ、生きながらえ次の子孫を残す個体もあるのでしょう。
ちなみに、このナギーの種子もたまに海岸で見つけることがあります。

by modama | 2013-05-24 10:15 | Comments(2)
2013年 05月 19日

Mucuna gigantea の開花

c0023181_851413.jpg

ワニグチモダマは、マメ科 Mucuna 属(この属の和名はいろいろある)の植物で、日本では石垣島と西表島に分布し、種子に浮力が有るため世界的には、汎熱帯・亜熱帯に分布する。
アフリカのケニヤ、モザンビーク、南アフリカ、タンザニア、ウガンダ。
アジアでは、日本、台湾、中国、タイ、ベトナム、バングラディシュ、ミャンマー、インド、インドネシア、マレーシヤ、フィリピン、スリランカなど。
また、パプアニューギニア、オーストラリア、インド洋諸島、太平洋諸島。
石垣島で私の知っている自生地は、五箇所でいずも海岸林に見られる。台湾の恒春半島ではモダマ自生地より下の内陸部で見られた。分布の北限である日本、台湾では比較的新しい時代に広まったのだろう。
写真は、植物標本風に合成してみた。各地のハーバリュウムを訪ねてもマメ科植物は、葉が落ち易く完全な標本が少ない。おまけに莢や種子の無いものが多い。特にMucuna 属の莢には、細毛の密生したものが多く、その毛が鋭く人の皮膚に刺さったりするためと厚みがあって、保管がしずらいためだろう。そんなことから葉は、コピー機でじかにスキャンし、花と莢、種子の写真を添付した。
今回開花を撮影したのは、5月18日だったが、同時に熟した莢も幾つか見られた。その莢を採集してきて、開き、種子ごと撮影したが、種子は本来の黄土色ではなく黒褐色をしていた。
ひとつだけではなく、みなそうであった。
今年の2月頃か、昨年の暮れごろに開花して結実したと想像される。
今、開花しているものが結実した際、どんな色の種子になるか確かめてみたい。

by modama | 2013-05-19 09:45 | Comments(0)
2013年 05月 05日

チビモダマ・ノート

昨年、ヘソに灸をすえ発芽させたり、海水耐性を調べたりした通称チビモダマ(本来は植物分類をしている先生が和名を着けるべきだが、いつまでも名無しのゴンベイなので困っている)Entada
glandulosa とEntada reticulata を庭に植えておいたところ、冬に葉を落としていたが、
5月になって葉がつきはじめた。
熱帯系の植物は、温帯系の植物のように春になると葉を着けるのではなく、かなり遅い。
おそらく、熱帯や大陸の亜熱帯の雨季、乾季の周期を引き継いでいるからだろう。
つまり、そろそろ雨季が近づいたと反応しているのだ。
実際には、石垣島の冬は雨が多い。ただ、向こうに比べると少しだけ寒い。
一見、寒さで葉を落としたかのようにも思われるが、石垣島に自生しているE phaseoloides は
葉を落とさないことから、雨季・乾季の周期と想像される。
c0023181_16451663.jpg

両種は、昨年のツルが枯れて、その付け根から新しいツルを伸ばし葉を着けている。
根元が地上に出ているものを見ると根茎が太くなっていた。
これが数年するとイモ状になるのだろう。
c0023181_16454236.jpg

c0023181_16481382.jpg

c0023181_16484542.jpg

一方、植えて3~4年たつEntada parvifolia は、ツルも太く、冬の間、葉は落としたが、
ツルの途中から新しいツルが伸びて葉を展開している。
この違いを今後、見届けたい。
三種の形態の違いは、ずっと前のページで写真を載せておいたが、標本の写真を添付しておこう。
c0023181_16542899.jpg

おっと、この標本には、Entada parvifolia の莢は無く、分離果だけが左下の方に一個と種子が
写っている。
詳しくは、フィリピン・ブスアンガ島のページに自生地での写真が載っている。

by modama | 2013-05-05 16:59 | Comments(0)