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2013年 08月 25日

ナゾの多い臭いマメ

ミャンマーから帰国して、資料を整理したり調べ直したりしたが、いまひとつ臭いマメの正体がはっきりしない。
ミャンマーで聞いたのは現地語で「ダンニェディー」だったが、その学名を調べてみたり、写真を検索すると二種類の植物が出てきて、おまけに学名もまちまちで理解しずらい。
まず、通称ではジリンマメと呼ぶらしい。これは学名のPithecellobium jiringa からジリンと付けられたのだろう。学名にはその他、Pithecellobium lobatum というのもある。なおかつ、Archidendron jiringa とする文献もある。それではPithecellobium jiringa やlobatum はシノニムとされている。
つまり、学者によってどの学名を使うか分かれているようだ。
まあ、先生方の扱いとは別に、実際の実や植物はというと、図鑑やWEBの写真でも二種類が検索される。
二種類とも実はよく似ているが、葉がぜんぜん違う。おもに見られるのが、小葉が大きく3対のもの、それとは別に、小葉が細長く多数あって、羽状複葉になったものがある。
どちらが食べられている臭いマメの正体なのか、もしくは両方食べられているのだろうか。
ミャンマーで買ってきた本 Medicinal Plant List of Myanmar によると小葉が細長く沢山あって羽状複葉の木の写真と実の写真、それに実の漬物の写真が一緒に掲載されている。そして、葉の大きい木の写真には学名に Pithecellobium dulce が当てられている。
実際にタイやミャンマーやインドネシアで食べられている「臭いマメ」の木は、どちらの木なのだろうか。

古い話で恐縮だが、子供の頃、パイナップルを缶詰でしか知らなかった。ラベルに実の写真が載っていたりするので、実の形までは知っていた。でも、どんな木になるのだろうと疑問に思った。
食べ物と名前は、知っていても、実際は、どんな木に成るのかまで知らないことは多々ある。いや、あった。
今では、名前が分かればWEBで検索すればたいがいの事は分かる。

しかし、その名前がまちまちだと混乱する。現地名が分かったところで、その名で検索できる物件は少ない。
実際には、現地名は方言が沢山ある。
「ジリンマメ」にしても通称にすぎない。学名にjiringaが付いた植物の実と言ってしまえば、それまでだか実際にどんな木なのだろう。

by modama | 2013-08-25 15:06 | Comments(0)
2013年 08月 04日

モダマを追って旅するアジア 5-8

ミャンマー編・シャン族との約束
午前中、インレー湖を巡ってから、午後になって自転車で街を走り、やがて、北東の山の麓まで来た。山は畑にされていたり、植林地になっていてモダマが自生するような森はあたりに無い。それでも、坂道を自転車を押しながら登って行くと、一本の菩提樹の木があって、5人のご婦人たちが木陰で休んでいた。坂道がきつかったので息が切れ、私もそこで休ませてもらうことにした。身なりからすると山の人(シャン族)のようだ。私がいかにも疲れているような格好なので、みんな笑っていた。さっそく、ポケットからモダマ種子を取り出して「ゴンニンドーは、この辺りにありますか」と聞いてみた。もちろん言葉がつうじるわけもないが、モダマを見て、納得するような表情だったので、知ってはいるのだなと判断した。「何所へ行くのか」と聞きながら、山の上の集落を指さしたら、その集落ではなく、さらに上の集落だという感じ身振りをした。それではモダマの自生している森のある所から来ているかも知れないと思い「私はモダマが欲しい」と身振りで示した。メモ帳にモダマの莢の絵を描いたら、うなずいていた。さらに莢の絵の中に種子が入っているのを書き加えると「そうだ」と言っているようだった。そうこうしているうちに道をオートバイに乗った青年が通りかかり、車を止めて話に加わった。彼は英語が少し理解できるようだったので「私がモダマを探している事、持っていたらわけて欲しい事」などを話した。青年は、そのことをご婦人たちに伝えると、また、行ってしまった。一人の婦人が持っているという感じで、値段を聞いているようだった。やがて、別の婦人が1000R紙幣をだして、莢の絵を示したので、手で莢の形をしめして確かめた。種子を見せて、これではなく、莢だと再確認した。
さて、次はどうやって受け渡しをするかだ。はしめ、五日後、ここでという感じだったが、私は五日後はだめだといった。それでは、明日ということになり、10時に落ち合うことになった。
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話のやり取りから、彼女らはファイブデーマーケットの帰りらしい。そして、五日後には、また、市に行くので山を降りるから、ここで会おうとしたらしい。私は五日後にはいないので、翌日ということになった。
腕時計をヤンゴンの宿に忘れてきたので、地べたに時計の絵を描いて、10時も確認した。本当はもっと高い値でも良いと言いたかったのだが、何本持ってくるか分らないのでそのままにした。翌日、会って数が少なければ、山を降りてきた分の代価を支払うつもりだった。最後にみんなと握手をして別れた。
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写真の女の子と自転車の少年は、通りすがりの野次馬。
坂道を自転車で下りながら、嬉しさがこみあげてきた。莢の形を見たかった。私の予想では、タイ産のように縫合線が太くないと思っている。いずれにしろ明日になれば確認できる。宿に帰って、また、シャワーを浴びベットに横たわった。夕方になって激しい雨が降った。日中あんなに良い天気だったのに・・・。ふと、シャンの人たちが思い出され「もう、村に帰りついているだろう」と安堵した。
雨は夜中まで続いたが、朝には止んでいた。遅い朝食をとってから、再び自転車を借りて、街を北へと進んだ。途中、ガイドと連れだってトレッキングに行く欧米人たちのグループとすれ違った。当初、私もトレッキングに参加しようかと考えたが、MOさんの話では、山の中腹を南に行くルートなので、モダマの自生地は通りそうもない。それよりも、昨日、取り交わした約束でモダマ莢が手に入る。心がはずんだ。
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昨日、シャン族の人たちと会った菩提樹に到着した。時間はまだ早い。しかし、天候は曇りでも山の上には、まだ雲が覆っている。盆地の反対側の山々を見ても同じょうに雲が覆っていた。
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山の上はまだ、雨なのだろうか、少し心配がよぎる。自転車と荷物を菩提樹の下に置いて、辺りの藪を散策してみる。綺麗なユリ科植物が花を咲かせていた。
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その他には、ショウガ科の植物でウコンの仲間が見られた。
これは、花が先に咲き、後から葉がでるタイプだった。葉は、普段石垣島で見るウコンとはまるで違い、小さく堅かった。ショウガ科植物の研究をしている船越英伸さんに写真を送ってあげようと、花と葉の見られる株を探したが、花はほとんどがもう枯れていた。そうこうしているうちに約束の10時がすぎた。「山は雨で、来るのが遅れているのだろう」と恨めしく山の上を覆う雲を眺めた。
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(この写真は前日撮ったもの)
辺りの傾斜地は、最近、植林されたようだ。畑と植林地がまだらになっている。近年では、山の中腹までもが人によって開発されている。奥地でも古くから先住民が農地を開いているが、彼らは薪などの燃料、それに材などを確保するために、山のすべてを裸にするわけではなく、ところどころ森を残している。

植物や昆虫の写真を撮りながら、二時間待ったがシャン族のご婦人は降りてこなかった。「きっと、山の上は雨で降りてこれなかったのだろう」と諦めて帰ることにした。
いつしか、シャン族の人たちがモダマの莢を竹籠にいれて、ファイブデーマーケットに現れる日があるだろう。もし、そんな幸運にめぐりあえる人がいたら、莢をひとつ2000Rで買ってあげてください。できれば、莢の全容を写真に撮ってご連絡いただければ幸いです。さらにご協力いただけるなら、莢を壊し、中の種子の浮力を確かめお知らせください。何個中何個浮いた、という結果です。よろしくお願いします。

by modama | 2013-08-04 04:36 | Comments(0)
2013年 08月 03日

モダマを追って旅するアジア 5-7

水辺に浮かぶトマト畑
船を一艘チャーターして、インレー湖を巡ることにした。ここはミャンマーの観光スポットなので多くの人が訪れる。私の目的は蓮の繊維から糸を作り、織りをしている場所を見たかった。自然界には糸に加工できる素材が多々ある。昆虫が吐いた絹、植物から採る綿、麻、芭蕉、などが一般に知られているが、他にも動物類ではクモの糸も使える。この糸で織った布で衣服を作り着ると、糸の持つ粘着性で高層ビルの壁面も自由に登ることができる(ウソ)。いや、糸には抗菌性があり、これを活用しての可能性がある繊維だ。一方、植物の蓮からの繊維は、イメージ性に優れている。実用性ではクモだが、イメージ性では蓮の方が優るだろう。そこで一度実際に見て、触って確かめたかった。
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宿の前の船乗り場から出発。湖面と空の間を飛ぶようにして突き進む。爽快このうえない。時々、村々へ向かう乗合船ともすれ違う。
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湖の中ほどにまで来ると、村人の乗る舟が漁や作業をしている姿に会う。足で櫂を操り網を引き揚げたり、籠罠を見て回ったりしている。一方、トマト畑の土を湖底から採取してせっせと運ぶ舟もある。
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舟に積まれた泥は、湖に繁茂する水草の上に置かれ、畑の土にする。言わば水上農園で、水耕栽培とも言える。主作物はトマト。湖は一面のトマト畑でもある。舟の背後に見えるのがその畑で、近づいていくと畑が微かにたゆたっているのが分かる。

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長い竹竿は、畑が流れて移動しないために湖底に差し込まれている。短い竹竿はトマトの支柱。前日、港付近をぶらぶらしていたら、竹を満載して運ぶ舟を見た。農業資材である竹は山の麓の村から買うのだろう。トマト栽培は、この地域の経済を支えている。
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船は湖岸の村に近づき、水路を通って仕事場兼店の横に着けられる。階段を登って行くと・・・






いらっしゃい
ひとりのご婦人が迎えてくれる。
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つい最近、追突事故にあったらしい。(失礼)
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おっ、めずらしい。初源的な機掛けの方法で織っている。でも、糸染めの色が私にはシックリこない。化学染料のけばけばしさがむき出しだ。せっかく、このような技法で手間暇かけて織っているのだから、染めにも昔のままを取り入れて欲しい。と思った。ここでは、布は買わず玉に彫りのある腕輪をひとついただいた。首輪を持たせてもらったら、えらく重いものだった。それもそうだよな、直径1cmほどの真鍮をぐるぐる巻いているのだから・・・。肩がこらないかしら。
次に案内されたのが、銀細工の店。なんだか沖縄の(いや、何処でも同じだが)観光タクシーみたい。それでも、泳ぐ魚の銀細工をひとつお土産に買う。それからやっと、蓮の糸作りの工房に来た。
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タナカをほっぺたに塗った娘さんが、蓮の茎にカッターナイフで軽く切れ込みを入れては、ぽきっと折って、中から出てくる細い繊維を机の上で撚っていた。一回に取り出す繊維が短いため節糸になるのはしかたないが、思っていたよりも不透明で光沢の無い糸だった。そう、人には勝手な思い込みというのがあって、それと現実が一致しないと、あらわな失望感に陥る。熱帯気候では、パイナップルやリュウゼツランの繊維の方が涼しげでいいかもな。勝手なものである。
しかし、温かみのある糸で、ショールなどには適している。えらく高いものにはなるが・・・
一枚布が欲しいと店内を物色したが、蓮の繊維だけで織ったものには手がいかず、結局、絹織の横糸にところどころ蓮糸を使ったものを選んだ。
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織の方では、いろいろな組織織を取り入れていた。誰か技術指導者がいるのだろうか。実用性のある新しい布にもどんどんチャレンジして欲しい。
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工房を案内してくれた娘と窓外の蓮畑。

船頭に「買い物はもおいいから、ファイブデーマーケットへ向かって」と指示した。今日は、湖の南の端の村で五日に一度各村々で順ぐりに開かれる市がある。是非、覗いてみたいと思っていた。また、船をとばす。
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村の船着場に来るとすでに船の着けどころがないぐらい賑わっていた。上陸すると道筋には露店が並び何処も同じような品揃えだった。でも、二つの店にムクナの豆をビーズにしたネックレスがあった。無残にも豆の横から穴があけられ、紐が通されているが、形を見るには支障がない。ひとつ買う。
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周辺の山々からも各民族の人たちが、品物を持ち寄って来ていた。
後に、この人たちの一グループと別の場所で会うのだが・・・・・。
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昼すぎると市場は、店を仕舞いはじめる。遠い村から来ている人達もいるからだ。私も船頭に「帰るよ」と声をかけた。船は一直線に北上し、湖面と空の間を飛んだ。宿に戻ってシャワーを浴び、体を冷やした。なにしろ直射日光の下にさらされっ放しだったから、全身が火照っている。少し休んでから自転車を借りて街をめぐった。
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街の船着場に行くといたるところでトマトの出荷準備をしていた。今日の午前中収穫したものを夕方のトラック便に乗せ、翌朝にはヤンゴンなどの都市へ届けるのだろう。このトマトの出荷でも、製材所で板を切り、箱に作る人、それをリヤカーで満載して船着場へ運ぶ人、トマトを箱詰めする人、トラックに積み込む人、など多くの人が携わっている。湖の周辺では、稲作地帯と畑作地帯があり、サトウキビなども栽培されていた。豊かな土地だ。ひとつだけ気づいたことは、他の場所で良く食べた大型の河エビが食卓で見られなかったことである。この湖には、大型の河エビがいないのだろうか、たまたま見なかっただけだろうか。
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by modama | 2013-08-03 10:11 | Comments(0)
2013年 08月 02日

モダマを追って旅するアジア 5-6

ミャンマー編・昆虫を捕らえるイネ科植物を見つける。
ニャウンシュエの街外れから徒歩で東の村々を巡ってみた。道すがらの草藪でマメ科植物のムクナはないか目を凝らしているが、三出葉のつる性植物は見るものの、花や莢が無いため同定ができない。まわりが畑になった頃、村が見え始めた。村中を通り過ぎると竹林でひんやりしていて、垣根が調和していた。
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村を抜けると又両側は畑になるが、道は生垣のように小灌木で覆われている。もしかすると「シャボン玉の木」かなと思われる木もあったが、はっきりしない。
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この道をしばらく行くと舗装道路につきあたり、少し左手に次の村へつづく小道があった。舗装道路に沿って、今は水の流れていない小川があり、橋がかかっているので一休みした。小川沿いにはセイコノヨシのような植物が生えているので、これから先、雨季の最盛期には水が流れるのだろう。ふっと傍らの畑の縁の藪を見ると草の穂に何やら黒い物がところどころ着いている。近づいて見てみるとクロコガネだった。どれもがすでに死んでいる。見て回るとそれぞれの穂にバッタの仲間やハムシ類、キイロスジボタルも着いている。あきらかに穂がこれらの昆虫を捕らえたと考えられる。
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植物のなかには「食虫植物」と呼ばれるものもあるが、その概念は少し曖昧である。少なくとも積極的に昆虫を誘い込み、あるいは偶然にしても、捕らえた昆虫を肥料の一部として活用している一群をさすのであろう。これまでの記録では、イネ科植物の「食虫植物」は記録されていないと思う。しかし、昆虫を捕らえていることは見ての通りじじつであるが、どのように捕らえているのか、肥料として活用しているのかが問題である。この辺りを調べてみよう。写真を撮影してサンプルを持ち帰ることにした。
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帰国してから、穂と捕らえられた昆虫を実態双眼顕微鏡で検鏡した。イネ科植物は穂の剛毛に逆棘があることから、日本にも帰化している南ヨーロッパ原産 Setaria verticillata ザラツキエノコロの近縁種ではないかと思われた。しかし、その穂の長さ、剛毛の逆棘の威力などから違いははっきりしている。
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穂と小穂の写真だが、顕微鏡にデジカメを押し当てて撮っただけの写真で映像が悪い。ご勘弁を。
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写真、上二枚はクロコガネの後翅が破損している。下一枚は後翅がねじれている。これらから膜翅が剛毛の逆棘に掛かり捕らえられたことが分かる。翅の引っかかったクロコガネが暴れているうちに穂先の部分にも絡み、丸くからめとられたり、他の穂とくっつきあったことが想像できる。
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上写真は、キイロスジボタル

それでは、このイネ科植物が昆虫類を何かによって誘引して捕らえているのだろうか。たとえば麦芽菌のようなもので・・・。しかし、昆虫の種類や食性などからみると、その可能性も薄い。
「ホッ、ホッ、ホタル来い、こっちの水は甘いぞ・・・」の歌のように水飴に引かれてホタルがくっ付いたとしても、葉を食べるバッタ類は来るだろうか?(実際には、ホタル類は甘い水を好むわけではない)
クロコガネが多いことで、考えられるのはメスのヘロモンによって、後からオスが誘因されることである。だか、植物との因果性はない。とすると、植物の形質により偶然に捕らえられたと考えられる。
草丈の頂点にあって、止まり易い。それではトンボは何故捕まらないのか?。飛翔力のあるトンボは、脚先から止まる。穂との接触部分が少ないからなのであろうか。それに対し甲虫類は、体ごとぶつかるようにして止まり、後に翅を閉じる性質がある。この時、薄い後翅が逆棘に掛かるのだろう。ホタルやハムシなど小さな甲虫類は、剛毛の中に入り込んでしまうので掛かり易いだろう。
また、植物が栄養(肥料)とするかという点では、持ち帰った昆虫類はいずれも乾燥していた。栄養として吸収するには、溶かす、とか、分解すると言った過程が必要か、吸収する、食べるといった作業が必要だろう。後者は主に動物類が行う。このように考えていくと、捕らえてはいるが「食虫植物」ではない。
人はよく「何々のために」と考える。「クモが糸を張る」これは「昆虫を捕らえて食べるためにである」間違えないだろう。
それでは「ヤシの実は何で水に浮くの」という疑問にどう答えるだろうか。
ある人は「水に浮いて分布を広げるため」と答えるかも知れない。
それでは、水に浮く「ため」にあのような実の構造に進化したのだろうか?
それは難しい問題だ。
ある人は、ヤシの木陰で昼寝しながら考えた。水に浮く、浮かない以前の問題として「もし、ヤシの実が卵のような実であったら、あの高いところから落ちれば割れてしまうだろう」「重いヤシの実は、高いところから落ちても生きていられる構造の実になったのではないか」それが、たまたま水に浮き、流れて広まるようになった。
さて、実際のところはどうなのだろう。
これは、流れつく場所側から考えた人の意見とヤシの木の下にいる人の意見でもある。
いずれにせよ、人は「何々のために」と考えがちだ。それも自分側の立場から・・・
自然界には「何のためにでもなく」、結果としてたまたまそうなったということも多々あるのではないだろうか。

by modama | 2013-08-02 11:07 | Comments(0)
2013年 08月 01日

モダマを追って旅するアジア 5-5

ミャンマー編・ニャウンシュエで宿探し
バガンからヘーホーへ飛行機で移動する。バガン7:30分発なので、7時前には空港に着いた。空港では、外で煙草をすっていた職員たちが、ぼちぼちと集まり、営業の準備をしはじめた。「この分だと遅れるな」と予感がした。手続きを済ませ登場待合室に入ってガラス張りの窓から駐機場を見ると飛行機が一機も待機していない。そのうち乗客がぞろぞろと入室して、各航空会社のワッペンを見ると4社あまりの飛行機が発進する予定のようだ。出発予定の7:30分になっても窓の外には飛行機の姿がない。それだけではなく、場内アナウンスも聞かれない。8時過ぎになって何かアナウンスされたが、意味が分からない。いずれにしろ飛行機が無いのだから待つしかない。外の天気は曇りだが、飛行機が飛べないという気配ではない。1時間待った頃、上空でプロペラ機の音がして、滑走路に一機が着陸した。やがて、駐機場に止まり客が降りた。すると、また、一機着陸し、そんなことを繰り返し4機目に私の乗るAIR KBZ 社の機が来た。到着と出発を集中させて、業務の集約化を図っているのだろうか。それにしても、各地から飛んで来る飛行機だから、そろって遅れるってことは(普通なら、普通ならば)ないだろう。結局、飛び立ったのは9時過ぎだった。
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ヘーホーの飛行場に着くと出口にはタクシーがおらず、外の空き地で待機していた。一人のオヤジが取り仕切っていて、運転手に指図をしていた。ヘーホー、ニャウンシゥエ間の料金は、25000Rが相場で値切れないという情報は知っていた。他に交通手段が無いので仕方ない。帰りは宿泊先でタクシーを頼むと15000Rで空港まで来てくれる。これは、空港待ちのタクシーを一人のオーナーが握っているからであろう。
旅の最終日、いろいろ用足しをするため、初日にお願いした通訳の方を半日だけお願いした。街中を動き回るのにタクシーを利用し、車中でもいろいろと話をした。その時、乗った運転手から聞いた話では「自分は元公務員だった。しかし、給料が安いので辞めた。それでタクシー運転手をしているが、車は自分の物ではなく、オーナーがいて、一日定額の金を支払って乗っている。定額以外が儲けで、それでも公務員よりは少し稼ぎがいい」とのことだった。ヘーホーの飛行場前に待機しているタクシーは、到着時指示を出していた人がオーナーで、代金が前もって設定されているから、よほどのことがない限り値下げしないのだろう。それにしてもヤンゴン市内では、タクシー料金は非常に安い。一時間乗っても10000R(1000円)程度だ。
ニャウンシュエでは、予定していた宿で交渉したところ「今日1泊だけなら空いている」ということだった。翌日からは予約でつまっていると帳簿を見せてくれた。8室しかない宿なのでしかたない。とりあえずゆっくりしたいので1泊お願いした。中庭に緑が豊富で欧米人から人気のある宿だ。
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ミャンマーでは、旅行者が手軽に泊れる宿が少ない。数はあっても外国人が泊まれる許可を持っているところが少ないのだ。あとは、高級リゾートで、価格は外国人設定で、東南アジアの他の国から比べるとずっと高い。この街もインレイ湖をひかえていて人気スポットなもので、現在、建設ラッシュが続いているが、それでも手軽に泊れる宿は少ない。荷物を部屋に置いてから街中を少し歩いてみた。
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船乗り場以外は、静かで綺麗なお寺が幾つかあった。宿に戻って、チェックインの時、気にかかっていた石をじっくりと観察した。オーナーが近くの山から集めて来たものらしい。(やたらに採ったらだめだよ)
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一見「サンゴ?」かなと思ったが違う。鍾乳石?、のようでもあるが、でき方がはっきりしない。舐め回すように見ていると、木の葉の化石が着いていた。石灰分を多量に含んだ水が、地上物(あるいは、リッターなどが堆積する竪穴のようなところで)に付着して長い時間をかけて凝固したもののようだ。葉や枝を核として固まった石灰石なのだろう。
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珪化木まで置いてある。珪化木はバカンでも沢山見た。三日後、街の北東側の山の麓で石灰岩の露頭を見ているので、石灰石はあの辺りから産出したのかも知れない。東南アジアでは、東はベトナムバロン湾、中国貴州、雲南、ラオス、タイ北部、そしてミャンマーにかけて大陸内陸部で見られる。太古の昔海であった証であるが、ミャンマーのこの辺りでは、他の地域に比べ、露頭が少なく、浸蝕が進んでいないようだ。

夕方近くなると、これまでトレッキングなどに出かけていた同宿の客たちが帰ってきた。中に日本人の女性もいて、フランス人カップル、それにタイから来たという女性二人も加わってしばらく話した。と言っても私はあまり英語が得意でないのと皆初対面なので、彼女(名前はMOさんにしておこう)が通訳してくれた。タイから来た女性は、ラオスで買ったというミャオ族のスカートをはいていた。活発で朗らかな人たちだった。やがて、別の宿に泊っているタイ人のおばさんたちも加わって賑わったが、シャワーを浴びたいと言って引き上げていった。
MOさんが一緒に食事に行きましょうと誘ってくれ、時間を決めてめいめいの部屋に戻った。
7:30分にフランス人カップル、MOさん、私とで近くの食堂で食事をしながら話をしたが、やはり言葉と世代の
壁を感じた。どこどこに行ったとか、あそこは良かったとか、までは良いのだが、共通の話題がない。話が映画の話題になって「フランス映画は見るか、どんな映画が良かったか」と聞かれ、学生時代見てすごく印象に残っている「かくも長き不在」という映画のことを話そうと思ったら、自分が知っているのは日本の題名であって原題名を知らない。ストーリーを話して、理解してもらおうとしたが、そもそも三人が生まれる以前の映画なのだ。そお言えば、学生時代は大の映画好きで沢山見たが、石垣島で暮らすようになってからは、ほとんど見ていない。最近、DVDを見るようになったが、三十年あまりすっぽり情報が途絶えている。まさしく「かくも長き不在」なのだ。石垣島で暮らすようになってからも、当初はNHKテレビだけしか放映されなかったので、テレビ番組で印象に残っているのは「大草原の小さな家」ぐらいなものだし、最近はテレビもほとんど見ない。映画で共通性のあったのは、宮崎駿のアニメーションぐらいだった。それでも、四人で食事するのは楽しかった。MOさんは、翌日にマンダレーに行くと言っていた。宿に帰って「おやすみ」と別れてから、翌日、私はそうそうに別の宿を探しに出たので、お礼も言えなかった。MOさん、フランス人カップル(名前を聞いたが忘れちゃった)ありがとう。
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三日間お世話になった宿。尼さんたちが托鉢にきたので写真をとらせてもらった。ミャンマーではみんな尼さんはぴんく色の衣、男の坊さんはほとんどが小豆色。何で染めたのかヤンゴンにいる時、調べたが今はすべて化学染料で、昔、染めていた植物の名前を聞きだしたが、通訳の人も訳せなかった。植物名のような特別の名は、その面を勉強している人しか分らない。海外では、いつでも言葉の壁が立ちはだかる。
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ミャンマーのたこ焼き、タコは入っておらず、丸くなく、すこし平べったい。粉もおそらく小麦粉ではなく、米粉だと思う。まわりはカリカリで中がジュウシーで美味しい。名前は「モンワミヤー」ミとヤは、男女を表す言葉だそうで、夫婦を意味するらしい。それぞれ作り手によって中身は違うが、ここでは豆をひとつづつ入れていた。二つを合わせるので、計二個になる。MOさんと話している時も、これが話題になり「ミャンマーのたこ焼きみたいの美味しかったよ」と言ってていた。
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この街でも相変わらず生薬屋さんを探す。マーケットにもなかった。入口の通りで化粧品かなにかのキャンペーンをしていた。何処の国でも、街でも、女性は美しくなることに関心が強いのですね。
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by modama | 2013-08-01 12:29 | Comments(0)