石垣島便り

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2015年 01月 30日

台湾のモダマ・その2

1月27日に「台湾のモダマ」を載せたら、翌日の毎日新聞に澎湖諸島と台湾島の間の台湾海峡で「第四の原人化石」
が発見された記事が載っていた。
http://mainichi.jp/select/news/20150128k0000m040141000c.html
そこには台湾島と大陸とが繋がった地図が添付されている。
南の方では、スンダランドがインドネシアの島々やボルネオも含めて陸地として描かれている。

台湾北部に分布するモダマのEntada tonkinensis は、こんな時代に大陸から来たのだろう。
現在の分布域は、ベトナム、中国南部、台湾、奄美、屋久島である。
奄美、屋久島は、台湾もしくは大陸からの海流散布なのだろう。

ここに掲載された地図では分からないが恒春半島は、この時代から隆起とともに陸化してきたと考えられている。
つまり、台湾では大陸からと南方の海からモダマは広まったのだろうと考えている。

話は変わるが、台湾と八重山諸島が陸橋で繋がった時代の検討が、学者によっていろいろなされている。
沖縄の港川人や石垣の4万年前の人たちは、どのように渡来したのか、に関連しても語られている。

昆虫では、ヤエヤマホタル(ヤエヤマヒメボタル)が、台湾と八重山諸島に分布する。
このホタル、メスは翅が退化していて飛ぶことができない。
また、幼虫の行動力もいたって少ない。
オスは飛ぶことができるが、オスだけが飛んで他の場所へ移動しても、繁殖につながらない。
よって無効散布になってしまう。

過去のことは推測するしかないが、いろいろな角度から検討して事実に近づこうとするのは楽しい。

by modama | 2015-01-30 13:30 | Comments(2)
2015年 01月 27日

台湾のモダマ

昨年の漂着物学会・沖縄、石垣島大会で口頭発表をする際、時間があれば石垣島と台湾のモダマ自生地の
比較について話たかった。
資料は準備しておいたが、時間が無かった。
台湾のモダマ自生地については、このブログでも紹介しているが、追記しておこう。

石垣島のモダマ自生地をある程度調べて、分布の上限と旧汀線との関係が思い浮かぶようになってから、
「それでは、お隣の台湾島での分布はどうなのだろう」と疑問に思った。
分布地の資料を集め、地質図と照合すると「恒春石灰岩」の存在が気になった。
琉球石灰岩と恒春石灰岩は、石灰岩と呼ばれる地質の中では極新しく形成されたものだ。
ただ、南北に長い南西諸島に分布するこの地層は、地域によって形成年代に幅がある。
しかし、この地質があることによって、植生の形成年代が少しでも分かるのではないかと考えた。
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2007年に台北林業試験場の陳財輝博士に訪台の連絡をとった。
12月だったため陳氏は忙しいため案内できないが、職員を同伴させると申し出てくれた。
台湾の南の端までご足労いただくのは、心苦しく辞退した。
そのかわり、当地での手続き事を前もってしてくれるよう頼んだ。
台湾の国立公園を散策するには、事前に許可が必要で、また、モダマ自生地の一部は立ち入り禁止地域に指定されているからだ。

墾丁国立公園にある林業試験場に向かうと、途中、職員の潘さんが迎えに来てくれた。
この方は研究者ではないが、地元のパイワン族の方で地況や植物には詳しい。
車に乗り込むと「恒春半島の植物」という本を見せてくれた。
言葉は通じなくても、この本があれば「指さし会話帳」のようなものだ。

台湾と日本では、学名の表記が異なるが、そのことは前もって理解していたので、はじめにヒメモダマ
Entada phaseoloides の自生地に案内してもらった。
牡丹郷の高士という場所で、海抜200m程に自生地はあった。
つづいて、南仁山を登り、墾丁公園の試験場に戻りEntada rheedii Var formosana の自生地に行った。
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上写真三枚は牡丹郷高士のE,phaseoloides 自生地、海抜200m台にある。

このE,rheedii Var formosana の自生地は、まさに恒春石灰岩のカルスト地形に自生していた。
それだけではなく近辺にはサキシマスオウノキも自生しており、これらの植生を見て、石垣島の旧汀線と
南方系海流散布植物との関係をより強く考えるようになった。
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上写真三枚は林業試験場奥の山中にあるE,r Var formosana 自生地。

墾丁における恒春石灰岩の分布上限は300mあたりであり、形成年代は0,5Ma~0,13Maとされている。
これは、琉球石灰岩の形成年代の幅内に収まる。
しかし、台湾島南部のこの辺りでは、隆起速度が非常に速い。
根(1986)によると更新世後期0,6~1,14mm/yr,全新世にはさらに加速して2,2~3,5mm/yrと報告されている。
台湾で分布の上限が高いのは、このように隆起速度が速いからなのだろう。
また、石垣島よりは、やや早く到達したのかも知れない。
琉球サンゴ海時代の最盛期が過ぎ、琉球海嶺の隆起が始まる頃、黒潮の流れに乗って石垣島にも漂着したと考える。
この時行ったE,phaseoloides の台湾における分布地の高士は、水系が太平洋側に流れ下っている。
台湾から石垣島を含めた八重山諸島への漂着は、十分にありえるし、さらに南方の島々からの漂着もありえる。

そもそも海流散布というのは、双六ゲームのようなもので、「振り出し」から「あがり」まで順調に進んで行くわけではない。
飛び越えて先に進んだり、逆戻りすることもあるはずである。
逆戻りとは、進出した地で一時期繁殖しても、後に環境の変化で絶滅したりする場合のことだ。
長い地球史の中で、幾たびも進出と絶滅を繰り返して現在に至り、その現在の植生を私たちは観察している。
例えば、日本本土の中部辺りの海岸付近からもマングロープの花粉化石が出るし、モダマの化石も出る。
これは第三紀中新世の時代のものだが、第四紀の激しい気候変動で絶滅したと考えられる。
(モダマ種子の場合は漂着種子かも知れないが)
とにかく、私たちが今観察して、考察している植生は現在から繋がる過去の範囲に限られる。
干潮の砂浜に書いた文字を読もうとしているのと同じだ。
また、潮が満ちれば文字は消えてしまう。

台湾の恒春半島の一部は、恒春石灰岩が堆積するまでは海だったことに間違えない。
石垣島の海抜80~90mも琉球石灰岩の段丘が取り巻く辺りは、やはり海だった。
大陸時代から残った植生は、高所に残るものの、それ以下の場所では一度白紙に戻されてはじまったはずだ。

モダマは台湾に、三種と一変種が分布している。
E,tonkinensis, E,rheedii, E,rheedii Var formosana, E,phaseoloides である。
E,tonkinensis は、北部にあってかなり高所にまで自生する。
南部の二種と一変種とは、来歴がことなり大陸時代の遺存のように思われる。
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写真は、墾丁国立公園内にある林業試験場招待所にて。一日の調査を終え、高粱の焼酎を飲みながら
資料を整理する。東京で入手した地質図と試験場でコピーしてもらった等高線の入った地図で自生地を
照合する。

台湾の研究者にも是非、モダマを含めた南方系海流散布植物の調査をして欲しいと願っている。

by modama | 2015-01-27 12:27 | Comments(2)
2015年 01月 25日

島にウルトラマンがやって来た。

ビーチコーマーの間では、サキシマスオウノキの漂着種子を通称ウルトラマンと呼ぶ。
アオギリ科に属し、世界的には熱帯アジア、ポリネシア、アフリカなど熱帯、亜熱帯に広く分布するが、
日本では奄美大島辺りまで自生している。
種子の漂着は、日本本土の海岸でもそれほど珍しくは無い。
通称の由来は、写真を見ればすぐお分かりと思う。
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石垣島での自生は、私が知っているのはフサキ、名蔵アンパル、フーネ、
大嵩ウフカーラ、米原と於茂登トンネル南側の六ヶ所だが、まだ他にもある
かも知れない。
フサキは、随分昔に見て以来、行っていないので今でも在るかどうかは分からない。
名蔵アンパルのは、名蔵川の河口に架かる大橋を降りて、
100m程の所に一本自生している。
最満潮線よりやや上辺りに根を張っている。
以前は、その先50m程上手にモダマも自生していたが、1o年ほど前に
枯れてしまった。
同じような環境であったが、やはり、モダマの方は潮に弱いのだなと実感した。
サキシマスオウは、主に汽水域の泥湿地に自生しているので、適地なのであろう。
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写真中央の一番高い樹がサキシマスオウ、周辺にはクロヨナ、ナンテンカズラ、ヤエヤマヒルギ、などが見られる。

名蔵湾に沿った県道を川平方面に向かうと、道の左手はコンクリートの護岸とテトラポットの置かれた海岸線がつづく。
しばらく行くと護岸もテトラポットも無い箇所がわずかにある。
その辺りの道路右手の藪の中にフーネのサキシマスオウがある。
大きな株を中心に、周囲に大小10本あまりの実生と思われる株がある。
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板根の後ろ側に見えるのが、最も大きい二世代目の実生株。
その他にも小さな実生株があるが、すべて二世代目の年違いかと思われる。

県道はやがて名蔵湾沿いから離れ崎枝集落を過ぎると川平集落と一周道路との三叉路(ヨーン三叉路)へ至る。
ここを一周道路側へ右折すると、今度は川平湾に沿って道は進む。
左手は川平湾の海岸林、右手に下田原の水田が広がり、そのはずれに下田原橋が在る。
橋の下にはウフカーラが流れ、上手にサキシマスオウが見える。
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背後に山の斜面が迫っているが、サキシマスオウの自生地は汽水域の川岸にあたる。
川を遡るとすぐに渓流になるが、この辺りにはモダマが点在する。

これまでのサキシマスオウ自生地は、すべて海抜数メートルの汽水域近くであったが、米原は僅かながら高所にある。
と言っても縄文海進の汀線よりやや上辺りかと思われる。
県道から米原キャンプ場を左にして、右側に水田があり、その背後地の山の斜面に流れる川沿いに自生する。
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写真のような大木が一本あり、そのやや下流にも大木がある。
その他、二世代目の小さな株が点在する。
この辺りの渓流沿いには、サガリバナ、ミフクラギといった南方系海流散布植物がさらに上流まで自生している。

県道をさらに進むと富野集落を過ぎ、一周道路と於茂登トンネルの三叉路に至る。
ここを右折してトンネルを過ぎると出口直後に小さな橋があり、その下にサキシマスオウの群落自生地がある。
海抜80~100m辺りになる。
さらに進むと左手に底原ダムの湖面が見える。
このダムは水深がいたって浅いダムであるが、ダムが出来る以前の水系には、サガリバナやミフクラギも数多く自生していた。
ダム建設当時のボーリング資料によると、水位調整溝付近のコアにはブネラ海成粘土層が見られる。
つまり旧汀線は、さらに上にあったことが窺える。

以上のように、南方系海流散布植物の指標とした一種のサキシマスオウノキの分布上限も旧汀線のやや上方に位置している。
それより高位では見たことが無い。

ウルトラマンよ、お前もかつて島に流れ着いた存在なのか。
シュワッチ!!

by modama | 2015-01-25 15:37 | Comments(0)
2015年 01月 14日

漂着モダマが陸へあがる日

これまで20年以上もモダマの観察をしてきたが、人の出来る範囲には限度がある。
例えば、植物の一生を隈なく観察しようとすると時間的にも付き合いきれない。
野菜や園芸植物のように一年草であったり、数年の多年生であれば世代を変えて繰り返し観察ができる。
一度見逃した発芽の詳細も、再度、種子を蒔けば発芽観察のチャンスは与えられる。
しかし、自然の中で、どのように散布され、成長したかを追跡調査するのは容易ではない。
おまけに、数百年、数千年と寿命のある植物をくまなく見届けるなど不可能である。

常々、漂着種子が海岸に流れ着き、発芽して、育つ様子を観察したいと考えている。
これまでにも、砂浜で発芽した漂着種子を数多く観察してきた。
しかし、そのほとんどは、やがて姿を消してしまう。
海浜性の植物ならば、グンバイヒルガオにしてもハマボウにしても生き残る確立は高いが、
モダマのような巨大なツルになる植物が、海岸の海風や波浪に何年も耐え抜いて成長できるなど、
想像もできない。
それでも数多く観察していると、発芽苗や海岸林のなかである程度成長したものに出会うことができた。
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2001年、川平にて撮影

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2001年、川平にて撮影

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以上三枚は2010年、西表島鹿川にて撮影

これらの漂着発芽苗は、いずれも後に消滅してしまった。
川平湾は波浪の弱い入り江の浜であるのに対し、西表島鹿川の浜は波浪の立つ厳しい環境である。

一方、河口の汽水域干潟に面したマングロープ林背後地では、最満潮線のわずか1m程のところで、
直径25cmにも成長したモダマが生育していた。花も咲かせる程に成長していたが、それも今から10年
前に枯れてしまった。
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2000年、石垣島アンパル

海岸に漂着したモダマ種子が、その場で発芽すること自体稀なできごとなのに、成長を見届けるなど
不可能に近い。
それでは、証拠が無いからと言って「ありえない」のかと言うと、実際の観察例を断片的に繋げていくと
確かに上陸して島の植生になっていく様子を伺える。
川平湾の周辺には、海抜10mぐらいの場所に自生が確認されている。
ウフガーラ河口の汽水域から30mほどの場所、下田原の水田の取水地、などである。
この位置は、縄文の海進頃の汀線にそうとうするが、現在でも台風時の低気圧による高潮と風による高波
を想定すると打ち上げ可能な位置にある。また、津波の上がる位置でもある。

昨年7月に行ったボルネオのコタブル、クアラ アバイの浜の背後地、ここは海岸林が無く、草地とブッシュ
になっているが、ブッシュのほとんどがシロツブで構成されており、僅かにある潅木の中にモダマが自生
しており、実をつけていた。
海岸から100mぐらい離れているがほぼ平坦で海抜12mだった。
ブッシュのシロツブとともにこのモダマも漂着由来に間違いない。

このような観察例を考察すると、非常に稀な確率ではあるが漂着発芽の植物が内陸部の植生になっていく
ことが確信できる。

名蔵湾フーネや米原のサキシマスオウも大木の根元付近には、次世代の実生と思われる株が育っている。
これらがやがて群落を構成したり、長い時の中で一部は淘汰され単独で生き続けるのであろう。

例えば、バンナ岳山中のサガリバナや於茂登トンネル南のサキシマスオウの群落のような周辺に同種の
自生が無い場所、あるいは花粉媒介者が近づかない距離にある個体群のDNAを調べると面白いと思わ
れる。

by modama | 2015-01-14 11:08 | Comments(6)
2015年 01月 09日

石垣島における旧汀線と南方系海流散布植物の分布について

昨年、開かれた第14回漂着物学会沖縄・石垣島大会では、上記タイトルの演題で口頭発表をした。
副題として、(バンナ岳におけるモダマ分布調査より)とつけた。
実際には、似たような内容の報告をこれまでに何度かしてきたが、今度は具体的な調査例を添付した。
バンナ岳では、公園の整備がひととおり整い、管理体制も充実してきたので、
モダマ自生地の詳細を示しても採集圧などの心配が無いと判断したからだ。
また、これまでに「知られないがために」伐採されてしまったりした例を幾度も経験してきたので、
「知ることで」皆で見守ることに期待を込めた。

今回大会に参加できなかった方たちへ、それと私自身のメモとして載せておく。
調査の方法は、バンナ岳山中を徒歩で歩き回り、また、見晴らしの良い場所では樹冠を覆う枝葉を双眼鏡で
見つけ、現場へ行ってGPSで自生地の高度、位置、ツルの太さを記録した。
こうして作った調査票をもとに1/2万5千の地図に自生地分布を表したものが図1,である。
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1~93までの●がモダマ(Entada phaseoloides)の自生位置である。太い実線は等高線の海抜100mを
表す。この図から分かることは、バンナ岳の東西南北周囲の海抜100m少々、以下に自生していることである。
また、分布に大きな偏りがない。例えば、津波のような一過性の出来事で内陸部に進出したのであれば、
震源地に対峙した斜面の高位部に自生が多く見られることになるであろう。
石垣島の場合、プレートの潜り込みが太平洋側にあるため、震源地の多くはそちらに記録されている。
バンナ岳のモダマ自生分布を見る限り、むしろ、北西から北東にかけた名蔵側に多いことが分かる。

次は、調査票をもとに自生地の高低を表したのが表1、である。
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表1,の○は、バンナ岳に自生するモダマを南西部から西、北、東、南の順で1~93までの高度を書き込んだ。
分布上限は、およそ110m辺りであることが分かる。
下部の自生地に関しては、人為的な開発等で喪失したと思われる。原因は畑、採草地、松造林などである。
表のほぼ真ん中の点線は、石垣島における琉球石灰岩の上限を示した。
海抜80m程で、バンナ岳南側には琉球石灰岩から成る段丘が市街地から緩やかなスロープで麓に至る。
この現在見られる琉球石灰岩から成る段丘のやや上部に旧汀線(高位海水準)があったと考えられる。
琉球石灰岩は、浅海で形成されたサンゴ礁(動物の遺骸の堆積)であるから、旧汀線はさらに上部に達していたのであろう。
(この詳細は、後で検討する)

次に表したのが、バンナ岳を中心として石垣島の南北断面図と地質図である。
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地質図は、沖縄県立博物館紀要No,6「石垣島の地質」2013,遅沢壮一より。

図のように石垣島の南側と北側には琉球石灰岩から成る段丘が発達しており、中央部の低地である名蔵川
流域では沖積層が見られ、そこには一部ブネラ海成粘土層が知られている。
つまり、現在ひとつの石垣島は、かつてバンナ岳と於茂登山系とに分かれた別々の島であったことになる。
(ここでは、北東部の伊原間、明石などは省略する)

調査地域バンナ岳と対照するため北部の仲筋・吉原の調査は次のとおりである。
ここでは、モダマだけではなく南方系海流散布植物(これも後に詳細は検討する)も含めて表した。
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図2,は、川平湾、仲筋、吉原地域の空中写真に南方系海流散布植物の分布上限を示したものである。
黄色い点線が琉球石灰岩から成る段丘。
○、△、□、◇、◎は、モダマ、ナンテンカズラ、サキシマスオウ、ミフクラギ、サガリバナ等の南方系海流散布植物
の指標とする分布上限である。
バンナ岳が基岩を変成岩のフサキ層にするのに対し、この調査域では、第三紀中新世に貫入した花崗岩である。

いずれにしろ、島の周囲を琉球石灰岩の段丘が形成されていることから島の隆起を物語っている。
これら島の地形と植生を考える時、南方系海流散布植物の分布上限がおよそ海抜80~110m
(島の隆起速度は地域によって異なる)にあり、段丘が形成された時代の旧汀線との関係が示唆される。

島の高位部にはブナ科のイタジイやオキナワウラジロガシなど海流散布をなしえないと考えられている
植物の極相林が形成され、分散が非常に遅いとされるウマノスズクサ科カンアオイ属のオモロカンアオイ
などが自生する地域(於茂登山系)がある。いわゆる大陸島とされる由縁の生物の一群である。
一方、これまでの調査で「南方系海流散布植物」の指標とした植物の一群は、旧汀線付近を分布の上限とし
ていることが分かった。

バンナ岳には、海抜50~60m付近にサガリバナ群落があり、大嵩、仲筋、吉原地域にも同様な高度に
自生地がある。また、今回の調査地域ではないが崎枝屋良部半島のタッチューガーラには海抜80m付近
に群落がある。これらのことは会報第47号にて報告した。
また、於茂登トンネル南側には、海抜80~100mにかけてサキシマスオウの群落が見られる。
こうしたモダマを含めた南方系海流散布植物の指標とした種は、旧汀線以下の森に群落を形成したり、
点在していることが記録される。

考察。
以上の観察結果から、下記のような推測図を描いた。

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○のマングロープや海浜性植物は海水準の低下とともに自生地を変える。
それに対して南方系海流散布植物の指標とした植物群は、海水準の低下にも関わらず残存する個体群が
あり、成育適地では現在も遺存しつづけている。
しかし、地形の変化、環境の変化によってこれまでに消滅した個体は少なからずあるのだろう。

次に、大嵩、仲筋、吉原調査地域の中の点線Aの断面図で、海水準移動に伴う環境の変化と南方系海流
散布植物の遺存のイメージを描いた。
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図A断面は、現在の地形と南方系海流散布植物の自生の様子。
図B断面図は、一部を拡大した過去の海域のイメージ。


検討、その一。
ここで「南方系海流散布植物」の指標植物としたのは、南方起源と考えられ、種子が比較的大きく浮力を
有する植物であること、また、種子に毒成分(あるいは動物の嫌う成分)を含み、
他の散布法(動物散布、風散布等)が不可能と考えられる植物である。

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訂正、モダマの項で「小葉」とあるのは「子葉」の入力ミス。種子の中にある双葉のこと。

検討、その二。
石垣島を含む八重山諸島の旧汀線を考える上で参考になるこれまでの報告を引用する。

〇Foster(1965)は琉球層群の最下部に相当するブネラ粘土層の軟体動物相の特徴から、ブネラ粘土層
  を沖縄島の読谷石灰岩(河名、1988では同位体ステージ7と推定している石灰岩)に対比した。
〇木庭(1980)は旧汀線高度を90mと推定した。さらにブネラ粘土層からナンノ化石のE,huxleyiの普通
  産出(同位体ステージ6/5:13万年前以降)を認めたことにより、ブネラ粘土層を含む琉球層群から構成
  される段丘は、すべて同位体ステージ5e以降の段丘と考えた。
〇太田、堀(1980)も南部における最終間氷期の旧汀線を80mとした。
〇町田(2001)も同時期の旧汀線を南部地域で80~84m、中北部で50~70mと考えている。
〇Koba et,al.(1985)はナンノ化石のE,huxleyiの普通産出時期(木庭、1980)について再検討した結果
  同位体ステージ5e以前の時期が妥当とし、その後、ブネラ粘土層のESR年代として平均20万年前の値
  を得たことから、ブネラ粘土層を同位体ステージ7に対比した。
〇町田(2001)は、西表島の段丘面を同位体ステージ5eと推定した。
〇波照間島では、同位体ステージ7~5cまでの段丘の存在が報告されている。

これらを参考にすると、石垣島の段丘形成や旧汀線は、13~20万年前に形成され、高度は80~90m,
地域によっては低いことが推測されている。

by modama | 2015-01-09 14:50 | Comments(2)
2015年 01月 02日

一月二日に作った賀状

今年も賀状を出しませんでした。
今日、作ったので載せておきます。
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by modama | 2015-01-02 22:39 | Comments(4)