石垣島便り

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2012年 09月 25日

海辺の木が語ること

人は例え身近な風景と言えども、30数年間の変化を記憶しているだろうか。
街中であれば、空き地に家が建ったり、お店が替わったり、道路が拡張され
交通量が増えたり、目安があって覚え易い。
しかし、海岸の景色は、砂浜と周辺の緑、それに海しか無く、
「昔も今も変わらない」と思えてしまう。
護岸が出来たり、テトラポットが置かれれば話は別である。

私の家の近くのピゲカケ浜は、以前、集落の人以外はほとんど人が訪れることなく
美しい浜だった。最近では街からも車で人が来るし、時々、レンタカーも止まって
人が増えた。西側のピュースタ川河口には、宿泊施設も出来、
水上オートバイやカヌーも見られるようになった。
砂浜に打ち上げられる漂着物もプラスチック浮や発泡スチロール、
それにペットボトル、漁具など様々なものが増えた。
そお言う意味では変化は明らかである。

ところが、数年前から思わぬ変化に気づきはじめた。

砂浜の砂が減り続けているのだ。
海岸線は波や潮流の関係で変化し易い環境であることは理解している。
それにしても・・・

どれだけ砂が減ったかを物語ってくれる一本の木がある。
はじめに気づいたのは20数年前で、高さ2メートル程だった。
樹種はモクマオウで、海岸の防風林などに良く植えられ、
種子も渚に漂着する。めずらしい木ではない。
しかし、砂浜で成長し続けることは少ない。
漂着種子が芽生えて、多くの苗が潮の影響で枯れていったなか、
たまたま生き残ったようだ。

高さが10メートル近くに成長すると、かっこうの木陰樹になった。
その下で海を眺めると清清しい。
家族連れは、決まってその下で弁当を開き、そのおこぼれを与りに、
多くのオカヤドカリも住み着いていた。
根がむき出しになった奥は、ヤドカリの格好の棲家でもある。

ところが年々、根はむき出しを増し、止まることがなかった。
日々の変化は微々たるもので、気づくことは無い。
時々、台風接近の時化と大潮とが重なり、目に見えて砂の流出することはある。
それでも、打ち上げ砂やサンゴで元に戻ったり、変化を繰り返していた。
この20数年は、減る一方なのだ。
ついには普段でも満潮時に波が木の根元を洗うようになった。
そして木は枯れた。
枯れてもなを立っている限り、砂浜の変化を立証し続けていた。
が、今年、ついに朽ち果ててしまった。
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写真の漂着物の位置や、砂の濡れ具合で現在の水準が分かる。
以前、種子が発芽し、苗が生育していた時は、砂浜が約1メートルほど
高かったことが根のむき出し状態で推測できる。2010年11月
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時には、一度で急激に砂が失われることもある。2011年1月
この砂流出の現象はピゲカケ浜に限ったことではなく、
ヤマバレーの浜でも起きていた。
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岩の色の違いで砂の流出が分かる。
約1メートルあまりの砂が海へ流れ出たことになる。
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立ち木が無くなって、岩の色変化が分からなくなれば、
また、いつものような「昔変わらぬ美しい浜」に思われるだろう。
これからも見守っていきたい。

by modama | 2012-09-25 13:05


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