石垣島便り

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2013年 07月 25日

モダマを追って旅するアジア 5-1

ミャンマー編・ヤンゴンは寒かった。
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7月4日、14:45分石垣島空港を発つ。那覇で乗り換え、関西空港で国際線へ乗り換え、そして、
タイ・バンコックで再び乗り換え、翌日、7月5日、8:50分にヤンゴン空港へ着。ほとんど眠られぬまま着いた空港ロビーには、今回はじめて迎えてくれる人が待っていた。
これまでホテルの予約や通訳を事前に手配することはなかったが、最近、ヤンゴンでの宿が取りずらいこと、早めに「モダマ」の現地名を知り、地方へ出たかったことなどから、ヤンゴン在住の方に前もって手配を頼んでおいた。
ロビーで待っていてくれたのは、24歳の若き女性。時差ボケと寝不足も吹っ飛び、早々タクシーに乗ってホテルをチェックイン、と言ってもまだ時間が早いので荷物だけを預かってもらい、その足で
生薬屋さん探しに出かける。店はダウンタウンのインド人街と中国人街の中間辺りにあった。
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例によって一軒目の店で「これはミャンマー語で何と言いますか」と名前を聞いてから少量買う。
20個で1000R(100円)念のために領収書を書いてもらう。そして、「何の薬に使いますか」と質問する。思いもよらぬ答えが返って来た。「女性の月経不順」だという。種子を煎じて、液を飲むそうだ。まぁ、ひとつめの答えとしてそのまま受け止める。さすがにミャンマー人の通訳がいると事の進み具合が早い。二軒目の店では、前の店で聞いたモダマ名「ゴンニンドゥ」があるかと聞いてみる。店員が、商品の中からごそごそと取り出したものは、まさしくモダマ。ここでも20個を買い「何の薬か」と聞いてみる。すると店員は「知らない」と答えた。まぁ、いい、事を焦ることはない。すでにゴンニンドゥが分かったのだから、道々確認していけば良いことだ。
通訳を連れだって市場の雑踏を歩いていると、あった、あった、例の物が、一部の先生方が「タイではモダマを発芽させて、モヤシ状にして食べている」と言っているものだ。私はモダマの新芽を食べるという話は、東南アジアの各地で聞いて知っている。しかし、種子に関しては、アポリジ人以外情報を得ていない。そこで、早速、通訳を通してモダマかどうか確かめてもらった。
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名前は「ダンニェディー」だと言う。通訳の彼女も知っていて「煮たり、漬物にして食べる」と教えてくれた。「モダマとは違うよ。大きな木になる植物」とも言っていた。その後も各地の市場で見かけ多くの情報を得たが、モダマとはまったく異なる植物であることが分かった。買ってみたものを分解してみたが、モダマが発芽時、根が先に延びるのに対し、このダンニェディーは、芽が伸びていて、根はまだ双葉の中にあった。
後に漬物も見つけ買って食べてみたが、とても癖のある匂いがしてまずかった。たくさん食べると血圧が上がるらしい。バガンの市場で見つけた発芽前の実を写真に収めたので載せておこう。
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ヤンゴン・ダウンタウンの路上で売られていた生薬とガラクタ。モダマもあったが、ここでは買わず、シロツブと二本の大きな鉤爪のある種子、ドングリ、それに黒いササゲでヘソの周囲が白く飛び出た種子を買った。値段を聞いたら、かなりボッているようだが、夕食代ぐらいなので値切らずに払った。兄ちゃんニンマリして「写真撮ってもいいか」と聞くと「あぁ、いいよ」。

初日のヤンゴンでの市場では、情報収集をそれぐらいにして、次は、本屋に案内してもらった。東南アジアでは、タイを除いてどの国でも出版物が少なく、情報集めに苦労するがミャンマーも同様だった。図鑑類はまったく無く、やっと探した本は、ヤンゴン大学の先生が書いた「Medicinal Plant List of Myanmar」の一冊だった。写真も多く掲載されており、期待して購入した。通訳の娘は、値段を見て、こんなに高い本を買うのですかとびっくりしていた。定価30,000R(日本円で3,000)だ。
彼女にはとてつもない高価な本なのだろう。
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(今のところ東南アジアの植物を調べるには、各国が植民地であった大戦前にヨーロッパ諸国で発刊された古い資料にたよるしかない。)
(後で、涼しいホテルのロビーで、じっくり目を通したところ、完全なリストであって、写真と学名、ミャンマー名しか載っておらず、薬効に関してはまったく記述がなかった。それでも、写真はふんだんに使われているので、良しとするか)(でも、豪華な装丁の割には内容が薄い)
できれば、著者であるヤンゴン大学の先生にお会いして、詳しいお話を伺いたいとおもって通訳の娘に相談したが、アポがとれそうにない事、以前、日本人の人と教授にアポ無しで大学構内にはいったところ、ガードマンに追い出されたことなどから断られた。軍事政権下の大学では、大学に外国人が無断で立ち入ることにかなり神経を尖らせているようだ。
もともと通訳の彼女は、日本企業のミャンマー進出を手伝う仕事をしている人で、一般のガイド通訳とは違う。したがって、私のように市場で植物を探したり、本屋に出かけて本を探すような対応には慣れていないようだ。それでも十分役割ははたしてくれ、最後に翌日のチャウンター行きバスチケットを買うのにつきあってもらい別れた。
宿泊先のホテルに戻ると、部屋の掃除が済み、テレビとクーラーが着きっ放しになっていた。ミャンマー入り初日とあって予約を頼んでおいたホテルは、普段宿泊するゲストハウスとは違い少々お値段の高い、と言ってもリゾートホテルではなく、日本で言うビジネスホテルタイプだった。室内にはダブルベットと電話、テレビがあり、それに机と椅子、冷蔵庫もあった。何故か部屋にはそぐわないパイプ製の洗濯物干し台もある。ゲストハウスですらランドリーサービスがあるのに、これは一体何なのだろう。シャワーを浴び、着替えを済ませてから階下のミニバーでビールと夕食をとることにした。いつもは街に出て食堂へ行くのだが、このホテルは郊外にあって、近所に飲食店が無い。しかし、周囲は緑豊かで環境は良い。6階の部屋から1階へ降りたが、他の客とは一人も逢わなかった。客はみんなビジネスマンで、まだ、接待の時間なのだろうか。バーには地元客が二人いて、カラオケで歌っていた。ミャンマー語の歌謡曲みたいで、お世辞にもうまいとはいえない。ビールを二本飲んで、軽い食事を済ませ、そこそこに部屋へ戻った。ところが、部屋がやたらと寒い。クーラーの設定を見ると、なんと17度になっている。石垣島の冬の温度だ。設定を24度に変えたが、いっこうに寒さは変わらない。しかたなく、クーラーを切った。サイドテーブルに用意されたコーヒーカップと小袋入りインスタントコーヒーがあったので飲もうとしたら、ポットにお湯が無い。水でも飲むかと冷蔵庫を開けると、中はまったく冷えておらず、普段持ち歩いているペットボトルの水と変わらない温度だった。
これでは、冷蔵庫とは言えず、扉を開くと電気の点く箱にすぎない。
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テレビは、薄型の画像で衛星が受信できるが、私は普段からテレビをあまり見ない。ゲストハウスだと、ロビーに各国からの客がたむろしていて、話をしたりして暇をつぶせるが、このホテルでは他の客とは一人も逢っていない。しかたなく、机の上にあった電話帳よりも厚「YANGONDIRECTORY」
のページをめくる。普段、海外出張のビジネスマンはホテルの部屋で、こんなものを見て翌日の仕事の算段をしているのか、と思っていると眠くなってきた。
寝苦しさで目覚め、時計を見ると12時だった。たしか、10時頃寝たので2時間ほど寝たことになる。部屋の空気が生ぬるく淀んでいた。そお言えばクーラーを切っていたのだ。再びクーラーをつける。昨日、飛行機の乗り継ぎで睡眠をとっていないのに、もお少し寝ておかないといけないな、と思っていると、また、部屋が寒くなってきた。今朝は、5時前にホテルを出てタクシーで郊外のバスターミナルへ向かわなければならない。結局、その後、睡眠を取ることなくホテルをチェックアウトした。

by modama | 2013-07-25 12:33


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