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石垣島便り

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2015年 10月 27日

アジアにおけるEntada 属の分布北限と上限の検討

沖縄県石垣島におけるEntada phaseoloides ヒメモダマの分布上限に関しては(深石、2014年) 約海抜100mにあり、それが島を取り巻くようにして発達した段丘の琉球石灰岩上限(80m) のやや上方である事を示した。それではアジアのEntada 属分布上限及び北限はどこであろうか。

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上図のようになる。ネパールにおいては、海抜800~1300m でポカラ約800m、東ネパールで1300m程になる。東にはシッキム、ブータン、アルナチャルブラディシュに分布し、マクマホンラインの北、西蔵・墨脱県が大陸における北限になる。中国雲南省では、海抜650~1,800m で、「雲南の植物 Ⅲ」呉征鎰主編では14の自生地が記録されているが、六庫・ルーシュイが最も北に位置する。
西蔵(●A)ではヤルンツァンボ川の急峻な峡谷に自生し、海抜は1000m前後であるが狭まった谷間は一気に数千mの峰々に駆け上がる。下流域のインド・アッサム方面から暖かな気流が上昇して谷底に雲霧林が形成されている。
雲南のルーシュイも同様な環境で自生地は怒江峡谷にあり、下流域ミャンマーのタンルウィン川からの暖かな気流が吹き上がりバナナやパパイアといった作物の栽培を可能にしている地域である。中国自然区画では西南区にあたり、西部型熱帯モンスーン気候にぞくする。この地域では夏の半年は西南季節風が、冬の半年は熱帯大陸気団が卓越して、基本的に寒波の影響は無い。それに対し昆明(○B)より東の昆明準停滞前線を境にして東の東部型熱帯モンスーン気候では、夏は東南季節風の影響を受けるが冬は寒帯大陸気団が卓越して寒波があり、華南区ではモダマ分布域の北限は緯度を下げるとみられる。
広西、広東、福建省では大陸の海岸部付近を北上し台湾北部へ、南西諸島にかけて海洋性亜熱帯モンスーン気候の地域で奄美、屋久島をアジアのEntada 属分布北限としている。南西諸島では海水温の影響で、大陸に比べ冬にも気温が下がらず降水量も年間を通して100mm/月、以上あり北緯30度にまで分布域が達している。
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(以下、「中国の自然地理」任美鍔編著より抜粋)
「西南区は第三紀には熱帯低地であった。鮮新世にいたって広い範囲にわたる隆起があり、同時に河川開析を受け、現在、標高が比較的高い山地と浸食面には、まだ多くの第三紀に残留した熱帯植物と古残積層が保存されている。・・・古熱帯植物は地表の上昇、気候の冷涼化の中で、生態環境の変化に徐々に適応したものであって、なお多くの古熱帯マレー亜区系の植物、例えば、フタバガキ属、フクギ属、ホベア属、ツルサイカチ属などさらにはソテツ、カライヌガヤなどの古植物が保存されている。」

以上のようにモダマ属も第三紀の熱帯低地であった時代に大陸内部に分布拡散をとげたと考えられる。それら植生の覆う地形がネオテクトニック運動により隆起し、傾斜地では激しい河川開析を受け、同時に河川拡大も進行し、浸食を受けた渓谷と峰々は高度の差を生み、各環境の変化により植生の分断化が起こり、多様性が生まれたと考えられる。
一方、現在のヒマラヤ山脈の麓でも同様な環境変化が起こったはずである。ネパール、シッキム、ブータン、アルナチャルブラディッシュ、西蔵に分布するモダマ属も高所へと押し上げられていった。
モダマ属の種子は、基本的に重力散布であり、それに種子が浮力を獲得したことによって水散布及び海流散布能力が加わった。平地にあっては樹冠に這い上がったツルから種子が落ち、周辺に分散する。しかし、その親株との距離は僅かである。傾斜地では親株より下側に散布される率が高い。傾斜がきつくなればなるほどその率は高まる。よって重力散布では山を登ることは不利な傾向にある。ましてや、雨が降れば下へ流される。水に浮く種子ほどその率は高くなる。しかし、斜面といえども凹凸があるため留まる個体もあるはずである。とくに水に浮かない個体が残る。そして、在り続けた結果、高所での分布位置を獲得したのであろう。それらは、同じメコン川水系のラオス山岳地と下流域カンボジアのEntada rheedii の種子浮力保有率が如実に物語っている。

以下は、ヒマラヤ山脈の年代的地形変化を表した図である。在田一則、1988年より。


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図の②③のように中新世中期から鮮新世前期にかけてネパール・カトマンズ以南(図の左側)は比較的なだらかな地形であった。この時期の西ネパールからモダマ化石は出土している。化石種と現生種が同系統であるならば、やがてマハバラート山脈やシワリク山脈の1000m付近の山々に遺存していることになる。しかし、実際の隆起は現在のモダマ分布上限より高くなっているので、高海抜域では気候に適応できず消滅した結果、現在の分布上限が見られるのであろう。
例えば、アジアの分布北限である屋久島(表4)を見ると最低温度8,7度である。ポカラ(表1)が最低温度6,9であり、海抜800mに自生している。さらにネパールの自生地記録では1300mとされていて、その環境が如何なる場所であるか分からないが、気候的限界なのであろう。中国雲南においては海抜1800mが記録されているものの現在も自生しているのかは分からない。屋久島産のモダマは海流散布されたことが推測され、それに対しポカラ産のモダマがその地域に長い間あり続けたとして適応した結果、最低温度の1,8度の差が見られるのかも知れない。それに1300-800=500mの高度からくる気温差、もしくは1800-800=1000mの高度からくる気温差をポカラの最低温度6,9に足したものがモダマ属分布上限、北限の限界なのだろうか。
それでは、高地におけるモダマ属の気候適応を考えてみよう。

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上写真二枚は3月中旬のネパール・ラムナガール(海抜280m)のE. rheedii である。葉のサンプルを採集している。

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上写真3枚は、同年3月下旬のポカラでのE. rheedii である。
葉を落とし、花序に蕾がついている。
ポカラ(海抜800m)は表1,のような気候で温暖冬季少雨気候にぞくする。ラムナガールも冬季は少雨傾向にあるが低地であり気温は高い。ポカラは冬の間、低温と乾季を過ごして、これから雨季を迎える時期に入る。低温と乾燥が葉を落とす原因とみられ、一時的に生育活動を弱めていることが推測できる。これらの傾向は、葉をすべて落とさないまでも山地に自生地を持つラオス、雲南、タイ北部、などで見られる傾向である。また、大陸低地のサバナ気候地域であるカンボジア、タイでも乾季の強い地域あるいは年には葉を少なくする。これに対し南西諸島の海洋性亜熱帯モンスーン気候地域や熱帯雨林気候地域では一年中葉をつけている。
このようにアジアのモダマ分布地でも地域の気候によりさまざまな適応がみられる。

また、花期においては、ネパール・ポカラで3月下旬で上写真のような状態であるから4,5月と推測される。同様、「雲南の植物」によると花期は4~5月、果熟期9~11月とある。
一方、石垣島のE. phaseoloides は、花期5~11月であり、果熟期は6~8月である。これは、前年に咲いた花が冬を越して成熟する観察例もあるが今のところ、まだはっきりしない。



by modama | 2015-10-27 10:20


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